02.面接と採用

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02.面接と採用

「採用です」  私を見るや否や、面接官の女はそう答えました。  見るからに真面目そうな黒のパンツスーツに、必要最低限の控えめな化粧。鼻につかない微かな衣類用洗剤がきっと好印象だったのだと思います。  昼間の私はいわば「どこにでも居る地味な女」。  面白みのない服装に、しているのか分からない程度の化粧を添えれば、一瞬目を離せば忘れてしまうような女に成り切ることが出来ます。  幸いなことに私の顔のパーツは至って平凡でした。  目鼻立ちや唇、どれをとっても普通です。  これは両親に感謝すべきことかもしれませんね。だって夜は鞭を振るう私ですから、昼間に奴隷たちに見つかれば大変なことになってしまいます。まぁ、どちらかと言うと彼らの方が知られたくないでしょうけれど。 「ああ、そういえば……」  私に採用を言い渡した人材派遣会社の女は、赤い縁の眼鏡を指で上げながら書類に目を落として言いました。 「勤務先、変わったのは聞いている?」 「いいえ」 「あらそう。リッチモンド侯爵家は娘さんが同居して侯爵を引き取るそうでね、使用人の新規雇用は無くなったの」 「そうですか」 「代わりと言っちゃなんだけど、ちょうど今日募集が入った男爵家があるから、そこに行って貰うけど良い?」 「問題ありません。やるべき仕事は同じですので」  それもそうね、と軽く笑って女は私に紙を差し出しました。  二枚にわたる書類は一枚目に雇用主の情報、二枚目にこれから勤務する屋敷の所在地が書かれています。  私は丸眼鏡越しに二枚目の地図を見つめました。眼鏡はもちろん変装のためです。書かれた住所はここからそう遠くはありません。雇用主の情報は向かう途中のバスの中ででも、ゆっくり目を通すことにしましょう。  久しぶりに朝方から活動しているので、私のお腹は情けない音をキュルキュルと鳴らしています。  面接官に礼を述べて、私はさっそく勤務先に出向くことにしました。挨拶と制服を取りに行くためです。屋敷によっては住み込みで使用人を場合もあるようですが、今回はそうではないようでした。  私にとってはラッキーなことです。  住み込みで働く場合、夜の外出が難しいでしょうから。  久しぶりの昼仕事が始まるということで、私は自分が柄にもなく浮かれていることに気付きました。露天でサンドイッチを買った際に「お釣りはいりません」などと言ってしまったぐらいです。貧乏人の見栄ほど、醜いものはありません。  露店では新聞なども売られており、立てかけられた紙面の片隅には数年前に世間を賑わせた公爵家の当主に有罪判決が下ったと書かれていました。  王都ではともかく、このような田舎町ではニュースなどあって無いようなものです。  私の住むヴィラモンテは王都から車で三時間ほど掛かる港町で、人間よりカモメの方が多く住んでいるのではないかというほど人っ気がありません。  いいえ、それはさすがに盛りすぎですね。  とにかく、この町の楽しみと来たら風俗と酒ぐらいのもので、たまに仕事で訪れた貴族が落とす金を、私たち夜の女は血眼で拾い集めるのです。  つまらないでしょう?  でも、人生はきっとそんなものです。  少なくとも、私の人生はその程度のものでした。 (………結構、揺れるのね)  ガタンガタンッと大きく傾きながら走るバスは、車体に問題があるのか、道に問題があるのか、私には分かりません。約束の時間に間に合うように祈りながら、私は鞄に突っ込んだ雇用主の情報に目を通すことにしました。
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