22.コメディ調※

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22.コメディ調※

 結局、ロカルド・ミュンヘンによる実技研修を引き受けた私はあの後すぐに早退しました。身体がまったく使いものにならなくなったのです。受付の男に無様な姿は見せたくなかったので、なんとか店を出るまでは耐えましたが、倒れ込むようにタクシーに乗った後は色々と思い出しながら死にたくなりました。  完全に女王失格です。  私は奴隷を前に気絶しそうになりました。  認めましょう。確かに、ロカルドは驚くほど優秀な奴隷でした。教えたことを忠実にどころか、教えていないアレコレまで習得していたので私は手も足も出ませんでした。  彼はいったい何故、ああも女の身体に精通しているのでしょう?無駄に良い顔を駆使してやはりある程度遊び回っていたに違いありません。 (………このままじゃ終われないわ)  メラメラと私の中で闘争心が燃え上がるのを感じます。  女王たるもの、奴隷の顔は見下ろすものであって、見上げるものではありません。その身体も心も、すべて支配してこそ真の女王なのです。  ところが、どうでしょう。  昨日の私は完全に支配される側でした。強い男に組み敷かれて、甘い刺激に懐柔される雌です。最悪も良いところ。ロカルドが去り際に言った言葉を私は忘れられません。「良い勉強になりました」と言って、彼はニコリと笑ったのです。  ………はぁ?  許しません。絶対に許しませんから。  ◇◇◇ 「旦那様、ちょっとよろしいですか?」 「ん?」  ちょいちょいと手招きして私は通り掛かったロカルドを倉庫へ導きます。オデットは買い出しのためにルーベンの運転で町へ出ているので、一時間は帰らないでしょう。  戸惑うロカルドを壁に押し付けて、私はシャツのボタンを外しに掛かりました。驚いたように身を引くので口元を手で押さえます。 「静かにしてください」 「何を……!」 「悪いようにはしません。旦那様を少しだけ気持ち良くするだけです。それとも止めておきますか?」  既に膨らんだスラックスの前部分を撫でると、ロカルドは困ったように首を振りました。それでこそ私の奴隷です。男たちがどんな場合であれ快楽に抗えないことを、私は経験上知っていました。  理由は分からないのですが、体温の問題なのか、ロカルドとキスすると自分も気持ち良くなることに私は気付きました。少し唇を重ねるだけできゅんっと身体の奥が疼くのです。ディープなものをされると自分の制御が外れる可能性があるので、私は浅い口付けを繰り返しながら指先を主人の肌の上で滑らせます。  ロカルドも取り出した己を慰めながら、熱に浮かされたような目で私を見つめます。  主人の膝の上に座って、こうして秘密の時間を過ごすことを見過ごせない正義感の強い自分が何かをひっきりなしに叫んでいます。だけど、どこまでも甘く堕落したもう一人の自分は耳を傾けることを拒否しました。 「………ロカルド」  名前を呼ぶと、白い息が冷たい部屋の空気を揺らします。  誰かが私たちを見たら、きっと異常だと騒ぎ立てるでしょう。情欲の(しもべ)となった哀れな主人と、その特殊な性壁に付け入る愚かな下女です。下品な役者を雇ってコメディ調にしたら面白いでしょうか。  私たちは十分に狂っていました。  周りなんて見えなくなるほどに。
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