135人が本棚に入れています
本棚に追加
29.白い虚無と黒い闇※
ロカルドとの秘密の関係は相変わらず続いていました。
ここのところ悪夢を見がちな私は、日中でも気が抜けず、何処かから誰かが見ているような被害妄想に悩まされていました。だけれど、私に縋る主人と口付けを交わして、お互いの身体を良いように弄んでいるときだけは、そんな心配すら忘れることが出来たのです。
「………っ…女王様」
私は苦しそうなロカルドの頭を撫でて、ズボンのチャックを下ろします。布越しに掴んで軽く握り込むと、その雄は堪え切れないように大きく震えました。
「んっ、頼む……もう…、」
「手でしてほしいの?それとも自分でする?」
「お願いだ、君の手で……!」
砕け散ったプライドを見て私はなんとも言えない満足感を感じるのです。ふと私は、ロカルドであれば、私が頼めば一晩一緒に過ごしてくれるだろうかと考えました。不安で堪らない一人の夜、そばに居てくれるかと思ったのです。
しかし、そんな馬鹿な空想には蓋をしました。
ロカルド・ミュンヘンが私に望んでいるのは、決して彼のことを赦さない普遍の女王です。常に気高く、絶対的な存在であるべき私が、彼に弱音を吐くわけにはいきません。
「………んあっ…」
ブルッと一際大きく揺れた肉塊が、濁った液体を手の中に撒き散らしたのを私はぼんやりと見ていました。顔を近付けてみます。独特な匂いが鼻を突きました。
何の気なしに少しだけ舌先で舐めてみると、ロカルドはギョッとしたように慌てて私の手を取って顔から遠去けます。
「アンナ、君は何を……!」
「あまり美味しくはないわね」
「当たり前だろう!君はそんなことしなくて良い」
「……そうだったわ」
私は差し出されたタオルで口の周りを拭いて立ち上がりました。寝不足のためか頭がフワフワします。
「もう足首は大丈夫か?」
暗くなった空を窓越しに眺めていたら、ロカルドが心配そうな声で訊ねて来ました。私はとっくに良くなったと答えます。
もう闇に染まった外の景色は、なんだか見ていて落ち着きました。その暗い夜の中では何もかもが隠れて見えなくなってしまうと思えたのです。
「最近怪我が多いから気を付けてくれ。ルーベンも車の修理中に爪先に工具を落としたらしくて、痛がってたよ」
「そうなんですね。オデットの腰は変わらずですか?」
私の問い掛けにロカルドは曖昧に笑います。
優しい雇用主は怠惰なメイドを叱責するつもりはないようです。
後処理を終えたロカルドが同じように私の隣に並んで窓の外を眺めます。どういうわけか、ふいに伸びてきた腕が背中に回って私を抱き寄せました。
「最近ちゃんと眠れているか?」
「………どうして?」
「疲れているみたいだから。来週はこういった居残りは不要だ。家できちんと休息を取ってくれ」
「そんな心配は要らないわ、奴隷の貴方が勝手に決めないで…!」
押し返した先でロカルドは悲しそうに顔を歪めました。強く拒絶し過ぎたと反省しても、もう遅いでしょう。一定の距離を保って、我が主人は謝罪の言葉を述べます。
私は可愛い返事も出来ないままに、コートを引っ掴んで部屋を後にしました。安心出来ない部屋に帰ることは気が進みませんが、ここでいくら時間を潰したところで私が帰るべきはあの部屋なのです。
最初のコメントを投稿しよう!