36.新しい使用人

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36.新しい使用人

「今日から新しい使用人が二人増える。イザベラとアドルフだ。イザベラは屋敷の雑務を、アドルフは運転手も兼任してもらう」 「まぁ……!」  隣に立つオデットが高い声を上げました。  イザベラもアドルフもまだ若く、特にアドルフに関しては日焼けした肌が目に眩しい青年でした。聞けば二人は兄妹だそうで、私と同じように以前の屋敷で用済みになったので再就職先としてミュンヘン邸で採用されたようです。  急にそわそわし出したオデットを横目に、私は内心ほっとしました。日々の家事や清掃はなんとか回っていたものの、オデットがややサボりがちだったので、私の負担が大きかったのです。これで少しは肩の凝りも軽減しそう、と浮かれていたらロカルドと目が合いました。 「メイドの仕事はアンナに聞いてくれ。アンナ、君は真面目だから是非ともみんなを束ねて引っ張っていってほしい」 「私がですか……?」 「毎日仕事を終えたら俺のところに報告に来てくれ。頼めそうか?」  断る理由もないので私は頷きます。  私がミュンヘン邸に住み込みで働いているという事実は、今のところオデットにも言っていません。べつに秘密にしているわけではないのですが、鍵が掛かるのを良いことに、日中は部屋へ誰も立ち入らないようにしています。 (やっぱり早く引っ越す必要がありそうね……)  使用人が増えるとなれば、こうして同じ屋敷に住み続けるのも良くない気がします。ロカルドは住み込み手当と称していくらか上乗せした金額を支給すると言ってくれましたが、食べて寝るだけなので仕事などほとんどしていないのです。  私がこんな怠惰な状態で夜勤手当を受けていると知ると、オデットあたりはきっと一家で引っ越して来るでしょう。  その後はイザベラとアドルフを相手に屋敷の中を案内して、仕事の説明をしたりしました。二人とも使用人としての勤務経験があるので、飲み込みは早く、年齢が近いこともあって私たちはすぐに仲良くなりました。 「ねぇ、旦那様は恋人っているの?」 「え?」  驚いて振り返った先でイザベラが口元に手を当てて考える素振りを見せます。 「知らない?ロカルド・ミュンヘンがヴィラモンテに引っ越して来てからこの町の令嬢たちは血眼で彼をパーティーに誘ってるみたいよ」 「……知りませんでした。そうなんですか?」 「あの通り見た目が良いでしょう?それに、落ちぶれたって言っても元は公爵家よ。お父様のことは残念だったけれど、なんだか悲劇のヒーローみたいで良くない?」 「あまり…そうは思いませんけど……」  私は自分の過去を語るロカルドの姿を思い返しながら答えます。イザベラはただ聞き齧った噂を語っているだけなのに、なんだか無性に腹が立ってしまいました。  黙り込む私を揶揄うようにアドルフが「そんなに真面目に受け取らないでよ」と話し掛けてきます。なんと答えていいか分からず、言葉を探しているうちに、アドルフの手が私の眼鏡を奪いました。 「ちょっと……!」  慌てて手を伸ばすも、私より背の高い彼が腕を伸ばせば、取り返せるはずもありません。 「驚いたな、どうして眼鏡なんか掛けてるの?こんなの無い方がずっと可愛いのに」 「うわー本当ね。アンナ、損してるわよ!」 「良いから返してください!」  躍起になって飛び跳ねる私の後ろで「勤務中だぞ」と咎める声が飛んで来ました。顔を向けるとロカルドが厳しい顔付きでこちらを見ています。  初日から叱られたことにショックを受けたのか、兄妹は揃って平謝りを繰り返しながら私に眼鏡を返してくれました。その様子を見届けたロカルドから部屋に寄るように言われたので、二人と分かれて大人しく主人の後を追います。 「イザベラとアドルフは君の役に立ちそうか?」  部屋に入るなり問われたので、私は頷いて見せます。  ロカルドは安心したように口元を緩めました。 「アンナ、こっちへ来てくれ」  呼ばれるがままに私がソファへ近付くと、強い力で腕を引かれました。転びそうになった私をロカルドは膝の上に座らせます。私は驚きで口をパクパクさせて、抗議の言葉を探します。 「………旦那様、勤務中です…!」 「そうだな。今日は久しぶりに食事でもどうだ?」 「食事…ですか?」 「君の昇進祝いという名目で。それなら付き合ってくれるだろう?」  私は重なった手をギュッと握り返しました。  我が主人はそれを了承と受け取ったようで、耳元で「楽しみにしている」と囁くと私を解放します。赤くなった顔を見られないように、急ぎ足で扉まで突進して、勢いよく外へ飛び出しました。  私はここのところおかしいのです。  ロカルドはいつも私を変にしてしまいます。
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