38.王都の土産

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38.王都の土産

「恋でもしてるの?」 「はい?」  いつものように受付を通って女王になるべく部屋へ向かおうとした時のことです。見慣れた髭面の男はカウンターに肘を突いてニヤリと笑いました。 「いやぁ、最近なんだか女の子みたいな顔をして店に入って来るから。男でも出来たのかと思ってさ」 「貴方が私のプライベートに関心があるなんて知らなかったわ」 「俺はこの店で働く人間として、つねに女王たちの私生活には興味津々だよ。で、どうなんだ?」  どうもこうもないので私は首を振ります。  男は尚も食い下がってきましたが、一向に口を割らない私に痺れを切らして「秘密主義だな」と残念そうな顔をしました。秘密も何も彼に言えるようなことはないのです。  たしかに、ここ最近ロカルド・ミュンヘンはどういうわけか私の心に居座っています。夜眠りにつく前も、朝起きてまだ夢の中みたいな時間も、浮かぶのは我が主人の顔です。  もしかすると、私はロカルドの顔が好きなのかもしれません。  それは濃厚な説です。だって、たしかにあの青い双眼や整った鼻筋、笑ったときのクシャッとした目元は魅力的です。好きなタイプの顔なのでしょう。 (………つまり私は彼の顔に夢中なわけね)  なるほど納得できました。  好きな顔の男にいろいろと親切にしてもらい、面倒を見てもらえば、そりゃあ嬉しいに決まっています。しかも私は、彼が特殊な性癖を持ってるが故にその欲を発散する手助けも出来るのですから、こんなに良い話はないです。  私は一人頷いてストッキングに足を通しました。  鏡の前に立って化粧を始めます。  悶々としていた自分の胸の中が、少しだけ晴れたような気がしました。ロカルドはきっと今日も仕事終わりに迎えに来てくれますが、これで顔を合わせても変に緊張することなく接することが出来るでしょう。  つまり、私は彼の顔が好きなだけなのです。  ◇◇◇ 「……あぁ…久しぶりだったけど、やっぱり君が一番良い。他の子たちは遠慮して本気で叩いてくれないんだ」 「他の子たちってどういうこと?」  吐精した直後のしゅんとした陰茎を軽く蹴れば、太った男は大きく跳ね上がりました。 「っはぁ…!? あ、すまない……出張で王都へ行った際に泊まった宿の近くに風俗があってね。俺はいつも君一筋だから…信じてほしいなぁ」  ははっと笑って誤魔化そうとする男を睨み付けます。  ヴィラモンテで商会を営んでいるらしい彼は、月に数回仕事の関係で王都へ渡っているようでした。お土産と称して渡してくれるウイスキーのラベルにはいつも同じ花の絵柄が入っています。 「王都はやはり金の回りが良いね。昔は名家がいくつか競い合っていたが、今じゃエバートン公爵家一強だ。ミュンヘンと二極化していた時代が懐かしいよ」  知った名前を聞いて思考を停止していると、男は「そういえば」とこちらを振り返りました。 「ミュンヘンの息子がこの町に居るらしい。君は知っているか?今は男爵家になったようだが、王都のグスコ侯爵が娘との結婚を迫っていると聞いた」 「結婚……?」 「侯爵家が男爵、しかも犯罪者を父に持つ男との縁談を望むなんて驚く話だが…どうやらその娘が元々ミュンヘンの息子と同じ学校に通っていて大層好意を寄せていたみたいだ」 「……そうなの」 「ミュンヘンを立て直すための出資も持ち掛けているようだから、双方にとって悪い話じゃないんだろうな。金持ちってのは大変なこった」  話し終えるとまた床に両手を突いて鞭でぶつように言われたので、私は黙ってその身体を痛め付けました。  感情が迷子になってしまったようでした。  やはり、あの手紙は嘘ではなかったのです。私がロカルドの部屋で見つけた手紙は、彼が婚約の申し出を受け入れる旨を伝える返事だったのでしょう。  少し優しくされたぐらいで。  大切に扱われたぐらいで。  私はどうしようもない馬鹿な女です。  主人と下女が結ばれるわけなどないのに。
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