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48.ダイヤの指輪
「あーもう本当に最悪。なんなの、あの女?いつまでこの町に居るの?ていうか、どんな関係なの?」
イザベラが心の底から嫌そうな顔で吐き捨てるように言います。私は鍋の中身を覗き込んで塩を足しながら「分かりません」と答えました。
ロカルドが私に会いに来なかった夜から二日が経ちました。屋敷で会うたびに何か言いたそうにこちらを見る視線には気付いていましたが、べつに謝罪など要らないのです。
鈍感ゆえに気付かないフリを続けると、主人も諦めたようでそれから私を見ることもなくなりました。
「メイドの皆さん、こんにちは!」
勢いよく開いた扉から姿を現したのはメリッサでした。
「突然だけど、今晩王都に戻ることになったの。お父様から大事なお話があるっていうから仕方なくね」
「メリッサ様のお父様はこちらにもいらしていましたよね?」
イザベラの問いに令嬢は頷きます。
「ええ。本当は一昨日帰る予定だったんだけど、やっぱり寂しくなっちゃって。ロカルドと一緒に夜景を見に行ったりしたわ。冴えない町だけど夜の景色は綺麗ね!」
私は心臓が締め付けられるように感じました。
馬鹿みたいに強い力で締め上げられて、上手く息が出来ません。ペラペラと話し続けるメリッサの口元をぼんやりと見ていたら、その輝く双眼が私を捉えました。
「貴女はどうするの?」
「え……?」
「うそ、聞いてなかったの?私が王都へ一時的に戻るからお別れ会をしてほしいのよ。もちろん出席するでしょう?」
「お別れ会を…ここでですか?」
「当たり前じゃない!ロカルドには秘密にしてね。最後には大きなケーキを出して。ちょっと早いけど、結婚おめでとうってプレートに書いてくれても良いから」
良いケーキ屋はあるかしら、とオデットに問い掛ける後ろ姿を眺めます。
手入れされた艶やかな髪、守りたくなる華奢な背中。美しく着飾った彼女は貴族令息の隣に並ぶに相応しい見た目です。ロカルドもきっと恋人として鼻が高いでしょう。
「学生時代に戻ったみたいだわ。ロカルドと二人で歩けば、このつまらない町もなんだか楽しくって」
「王都に比べればそうでしょうね」
イザベラの棘も聞こえないようにメリッサは手を組んでうっとりと目を閉じます。
私はその左手にダイヤの光る指輪が嵌められていることに気付きました。私が生涯働いても手に入れられないようなものを、彼女はすべて一瞬で自分のものにします。
私がいくら夜の館で鞭を振るったところで、本物の権力を手に入れることは出来ません。地位や名誉はお金で買うことが出来ないからです。育ちの良さや学歴もまた、同じこと。
スピーカーのように垂れ流されるメリッサの話から意識を離して、私は自分の両手を見つめました。
乾燥した皮膚は、年齢のわりに年老いて感じます。
手荒れが悪化した箇所は赤く出血しているようです。
いつか王子様が、なんて話は随分昔に諦めたことですが、もし仮に王子様が現れたとしても、私の手を取った瞬間にびっくりして逃げ出すのではないかと思いました。
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