06.晩餐会

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06.晩餐会

 私は無邪気に承諾した自分をすでに責めていました。  長い机の中心で向かい合って座る私たちは雇い主と下女という関係です。はじめこそ、このような近い距離に座ることを私は断りましたが、最終的には主人の頼みを聞き入れないわけにはいきません。 「ヴィラモンテは美しい町だな」 「……そうですね。海沿いは風が気持ち良いですから」 「いや、俺は街並みも好きだ。朝なんかは特に早起きした人たちが会話を楽しみながらパンを片手に歩いている。時間に追われる王都では考えられない」 「王都と比べると、そうかもしれませんね」  またカチャカチャと食器を動かす控えめな音が空気を揺らします。私は自分が焼いた豚肉のコンフィが少し堅かったかしら、と心配になりながら口に入れました。 「君は…家族は?」  ロカルドが顔を上げて遠慮がちに私に問い掛けます。  私は慌てて水で肉の塊を流し込みました。 「弟が一人居ます。今は疎遠ですが……」 「そうか。きっと君に似てしっかりした男なんだろうな。俺は若い頃、それはもう好き勝手生きていた。そのツケを今払っているところだよ」  事情の分からない私はただ話を聞くことしか出来ません。  推測することは出来ますが、何か言葉を掛けるにはあまりに背景を知らなかったためです。ミュンヘン男爵家に起こった悲劇はきっと新聞の記事を追うなどすれば理解することは出来るでしょうが、私は、そのように陰ながら探りを入れるのもどうかと思いました。  ロカルド・ミュンヘンは、契約時の情報によると二十五歳になるはずです。  父親が不在の今、ミュンヘン男爵家の当主はロカルドということになりますが、まだ彼自身その役職を持て余しているように見えました。人を使うことに慣れていないようなのです。 「………旦那様は、夜もお一人なのですか?」  私の質問にロカルドが少し驚いたような顔を見せたので、慌てて「門番など雇っていないようなので」と付け足しました。  ミュンヘン男爵の屋敷は、以前どこかの貴族が住んでいたものを買い取ったものです。築年数がかなり経っているので、オデットなどは「ボロ屋敷」と悪態を吐いていました。ロカルド一人で住むにはやや広過ぎるので、もしかすると彼はいつか父が戻ることを考えて、この屋敷を選んだのかもしれません。 「夜も一人だ。たまに出掛けるが、ほぼ家で過ごしている」 「………そうですか」  その、たまに出掛ける外出先が夜の館(メゾンノワール)であることを私は知っていましたが、口が裂けても言えません。  彼自身良い大人ですし、縁談や恋人が居ないのか気になりました。これはあくまでも私の知的好奇心に過ぎず、主人の色恋について問いただしてオデットと共有したいわけではありません。  しかし、その質問はやめておきました。  引っ越して来たばかりで慌ただしく走り回り、夜も家で過ごすというロカルドに聞くには、あまりに失礼だと思ったからです。恋人が出来たらきっと屋敷に出入りするはずですから、わざわざ聞くことでもないでしょう。 「仕事に関して何か不満があれば、いつでも言ってくれ」  こちらの様子を気遣うようにそう言ってくれる屋敷の主人に、私は思わずオデットの腰のことを確認しそうになりましたが、とりあえず思い止まりました。  ただでさえ慣れない当主としての役割に困惑している彼の頭を、これ以上悩ませるわけにいかないと考えたからです。 「何もありません。毎日楽しく働いています」 「そうか…それは良かった」  嘘っぽい返事を返したことを反省しつつ、食事の残りに集中します。自分で盛り付けたサラダをフォークで口に運びながら、私は自分の手が震えていることに気付きました。びっくりして、一先ずフォークを置いて、テーブルの下に両手を引っ込めます。  いったい全体、どういうことでしょう?  手の震えはその後しばらく続き、ロカルド・ミュンヘンが買って来たケーキを二人仲良く食べる頃にはピークに達していました。味がよく分からないティラミスを咀嚼しつつ、自分が「高級な味がします」と変な感想を述べたことは記憶しています。
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