59.分かれ道

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59.分かれ道

 私は眉を寄せて目の前に広がる道を睨みます。  一方は左へ折れる道、もう一方は右へ折れる道。  オデットにもらった地図によるとホテルのある最寄り駅から彼女の息子が働くホテルまでは一本道になっているはずなのです。なぜ、この道は突然ヘビの舌のように二本に分かれてしまうのでしょう。 (もしかして……降りる駅を間違えたかしら?)  振り返って駅名を確認します。  ロスパレと書かれた駅舎にはこうして私が突っ立っている間も、多くの人間が吸い込まれていきます。オデットの息子はこんな駅を毎日使っているのでしょうか?  ぼーっとしていると、後ろから来た集団に押されて私は地面に手を突きました。胸ポケットに入れていたメガネが転がり落ちます。あら、と手を伸ばした先でメガネは急ぎ足で通り過ぎる革靴にグシャリと潰されました。  私は見るも無惨な姿の相棒を呆然と見つめます。  王都がこんなにも無慈悲な場所だったなんて。  座り込んだままの私の背後から「大丈夫ですか?」と声が掛かりました。振り返った先にはミルクティーブラウンの髪を肩で切り揃えた若い女性が立っています。  多くの人が通る場所で邪魔になっていたことに気付き、慌てて立ち上がりました。 「すみません、少し迷子になってしまって…」 「迷子?どこに行きたいの?」 「こちらのホテルに行きたいのですが、何やら道が二つに分かれているのです……もしかして地図が反対なのでしょうか?」 「ああ、分かったわ。右の道はね、数年前に新しく出来たのよ。このホテルは左の道を真っ直ぐ行けば右手にあるわ」 「そうなのですね…!良かったです。友人の息子さんに渡すものがあったのですが、これで任務を遂行出来そうです」  それは良かったわ、と笑顔を見せる女の後ろから黒い髪の男性が歩いて来ました。私の方を不思議そうに見て、男は女に話し掛けます。「病院の時間が」と聞こえたので、私は驚いて謝りました。 「ごめんなさい、通院の途中とは知らず……!」 「良いのよ。役に立てて良かったわ。実は赤ちゃんがお腹に居てね、いつもは家にお医者様が来てくれるんだけど、今日は散歩がてら自分で病院へ行くところだったの」  そう言って「ね?」と隣を見た女に対して、同意を示すように頷く男は彼女の夫なのかとても嬉しそうです。  私は二人に礼を伝えて、再びオデットの地図を頼りに道を歩き出しました。皆が他人に無関心で冷たく感じた王都ですが、優しい人も居るのだと思い改めます。  ロカルドはそろそろ目的地に着いた頃でしょうか?  私も気合を入れて自分の仕事を遂行しなければいけません。
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