60.ルシファーとセーター

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60.ルシファーとセーター

「え、母さんから頼まれてここまで……?」  オデットの息子であるルシファーはふくよかな体型に人懐っこい顔の青年でした。渡した紙袋の中身を確認するや否や「太っちゃったから合わないかも」とシュンとして見せます。  ミュンヘン邸で一緒に働いていることを伝えると、普段の様子を聞かれましたが、常習的に食べ物をくすねていると告げるのは酷なので「頼れるベテランです」と答えました。 「そのミュンヘン男爵というのは、どんな方なのかな?母は結構若い男に目がなくて……その…わりと年甲斐もなく恋をしてしまったりするんだけど」 「あ、旦那様にそういった気持ちは無さそうです。ご安心くださいませ」 「良かった、安心したよ。僕が若い頃に父が病気で死んでからというもの、一人で全部背負って働いてばかりだったからね。今になって有難みに気付いたんだ……」  しんみりとそう告白するルシファーに、どうやらオデットが想いを寄せるのは主人のロカルドではなく同僚のアドルフのようだと教えるべきか少し悩みました。これも黙っておいた方が良さそうです。  その後はルシファーの暮らしぶりや生活の変化などを聞き、私は帰ったら是非ともオデットに伝えようと頭に書き留めました。きっと彼女も愛息子の様子が気になるでしょうから。  ホテルの中のカフェで話し込んでいたのは体感で一時間ほどだと思っていたのですが、時間を尋ねればなんと二時半だと言うではありませんか。  私は自分の愚鈍ぶりに呆れながら、慌ててルシファーに別れの挨拶をしてホテルを後にしました。 (大変だわ……!)  人混みの中を揉まれながら駅まで向かいます。  運良くターミナル行きのバスを見つけて飛び乗りました。  額から滝のように流れる汗をハンカチで拭って、窓の外を眺めます。結局オデットのおつかいで時間をすべて使ってしまいましたが、お土産話はたくさん手に入ったので良いでしょう。ルシファーが元気に生活していると知ると、きっと彼女も安心するはずですから。  私は慣れない王都での移動で疲れてしまったので、少しの間目を閉じていました。  しかし、じきに違和感を感じて瞼を押し開けます。  人が乗り降りする音がまったくしないのです。  慌てて辺りを見回すと、見える景色もなんだか都会的というよりは田舎っぽく感じます。私が向かうのは王都のバスターミナルなので、そんなこと有り得ないのですが。 「すみません!このバスはターミナルへ行きますよね?」  信号待ちの間に今更の質問を運転手へ掛けると、ジロッと睨まれました。 「目的地は牧草地帯のサピアだよ。何を勘違いしてんだか知らないが、バスターミナルには行かない」 「え……?」 「バスターナル行きのバスは遅れが出ていたんだ。アンタ、行き先を見なかったのか?行き先ってのはバスの頭に書いてんだよ」  私は自分がロクに確認を取らなかったことを後悔します。  聞けば、このサピア行きのバスは目的地であるサピアの農場に着くまで一度も止まらないと言うではありませんか。項垂れる私に向かって運転手は「折り返しがあるからロスパレまでは乗せて行ってやる」と言いました。  だけれど、それではもう遅いのです。  ロスパレに戻ってターミナルへ向かったところで、この調子だと夜になっているでしょう。下手したら就寝時間に近くなっているかもしれません。  私は己の不甲斐なさを呪いながら、どうか呆れたロカルドが私を置いてヴィラモンテへ帰っていることを願いました。
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