63.その先の未来

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63.その先の未来

 長い沈黙が部屋を支配していました。  私はもう一度顔を上げてロカルドを見てみます。薄ぼんやりとした暗闇の中で、青い瞳はまだ私を見つめています。私は自分があまりに鈍感過ぎて、彼の気持ちはもう変わってしまったのだろうかと思いました。 「………旦那様?」 「ごめん、嬉しくて…」 「嬉しい?」 「君も…同じ気持ちを?」 「ええっと、はい。私も旦那様と居るともっと近付きたいと思いますし、くっつきたいと───っん!?」  一生懸命に気持ちを言葉にしようとする私の肩をムンと掴んで、ロカルドは唇を重ねました。  柔らかな唇が息を吐く間もなく私を食べ尽くそうと襲って来ます。その動きに蹂躙されながら私は、我が主人のガウンの下から覗く首筋を見ました。きっと舐めれば甘い味がするのでしょう。  しかし、私の手が伸びる前にロカルドが強く私を引き離しました。 「………覚悟は出来ているのか?」 「覚悟?」 「知っての通りミュンヘンは没落貴族だ」 「…………、」 「君が望むような良い生活をさせてあげられないかもしれないし、世間が向ける目はまだ冷ややかで……もしも華やかな生活を求めるなら、」 「旦那様」  すっかり下を向いてしまった主人を抱き締めました。 「貴方が、私に真面目に向き合って、願わくばたくさんの愛を与えてくれれば…それ以上の幸せはありません」 「アンナ………」  ロカルドは私を抱き上げてスッと立ち上がりました。そのまま自身が横たわっていたソファの上に座らせます。 「っん」  折り曲げられた膝に主人は口付けを落とします。  私は思わず身を震わせました。 「旦那様…?あの、いったい何を……」 「夢みたいだ。オデットたちが聞いたらきっと驚くだろうな。彼女たちは俺に勝ち目はないと思ってたようだから」 「オデット?どうしてオデットが出てくるのですか?」  不思議に思って尋ねる私を見ずにロカルドは尚も脚にキスを落とし続けます。私は自分がミツバチにたかられる樹木になったような気持ちでした。 「最近、オデットが俺に言ったんだ。真面目なアンナを揶揄うのは止せってね…本気にしたら可哀想だと」 「え?」 「ああ見えてオデットは君を心配していたんだよ。だから彼女には俺が本気で、遊びなんかじゃないと伝えた」 「………!」  私の頭の中でピコンと音が鳴りました。  王都へ発つ前にイザベラに聞かれたことを思い出します。もしかして、もしかしなくても彼女たち三人はロカルドの気持ちを知っていたのかもしれません。  愚鈍な私が気付かない間も、きっと。  呆然とする私の反応を楽しみながら、主人は私のガウンの下に手を侵入させます。その指がピタリと止まって「下着は?」と聞かれたので羞恥で顔が燃えそうになりました。  こんなことなら昼間着ていたブラウスとショーツを丸々夜間も身に付けておくべきだったでしょうか?なにぶん着替えがないので、清潔になった身体にそれらを着けることに抵抗があったのですが、ガウンの下が全裸であると知られるぐらいなら服を着ておくべきだったかもしれません。 「ごめんなさい……着替えがなくて、それで…」 「ああ。心配しなくても明日はルシファーに適当に用意して持って来てもらうように頼んだ」 「ルシファーさん?どうしてですか?」 「ちょうど明日から二日ほど休みがあるらしくてね。ミュンヘン邸へ招待したんだ。君の衣服は彼の妻が見繕ってくれるはずだよ」  だから何も心配は要らない、と良い笑顔を向けながらロカルドは私からガウンを奪います。ひん剥かれたハムのように露出した身体を、私は思わず両手で隠しました。  ロカルドがソファの背もたれに手を突いて、ギシッと軋む音がしました。このままソファが壊れでもしたらこの行為は中断されるかもしれませんが、その気配はありません。 「アンナ……君のことを一人の人間として尊敬しているし、同時に自分のものにしたくて堪らない」 「旦那様、」 「恋人になりたいなんて言ったが、本当はその先にある結婚まで考えてほしい。俺はこんなこと言う柄でもないし、君がここまで鈍くなければ伝える予定もなかったんだが」  そこでロカルドは言葉を切って、私の顔を覗き込みました。  驕りと傲慢さの消えた澄んだ瞳が私を見つめています。 「愛してるんだ、君を」
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