ヤンデレ王子が嫌で夜逃げしましたが、隣国にも変な王子がいました。

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   * 「ファーレル殿、ミリナ嬢が聖女でないという話は本当だろうか」  王様に代わり、リッツが話を進めてくれるようだった。王は言葉を挟まず静観し、息子に委ねている。 「はい、そのものは聖女ではございません。オリニヨンの子爵令嬢ミリナ·シュロスと申すものです。僕は年下ですが、幼いころから彼女のことをよく知っていますので間違いありません。さらに婚約者でもあるのです」 「婚約者?」  ヤバイヤバイ、他国で噂が広まったら取り返しのつかないことになる!と思ったミリナは慌てて全力で否定した。 「い、いえ!違います。婚約者ではございません。ファーレル様は兄ロイドと仲が良く、兄はファーレル様を弟のように思っております。私も同じ気持ちです。ファーレル様を弟のように思っておりますが、決して婚約者ではありません!」  じとーっとしたファーレルからの視線を背中に感じたが、ミリナは全て無視した。 「そうか、ではなぜ婚約者などと……」 「お、おそらく、そう言えばすぐに解放されるだろうと、私を助けたい一心だったと思われます!」 「ふむ、ファーレル殿、そういうことだろうか」  やれやれといった様子で、ファーレルは大きなため息をついた。  いや、ため息つきたいのはこっちだから!という言葉を必死に飲み込むミリナ。 「……はい、申し訳ございません。ミリナは婚約者ではありません」  じめじめしたファーレルからの視線は増すばかりだったが、断固無視した。 「ミリナ嬢が聖女でないことは理解したが、オリニヨンでは子爵令嬢がこのような格好をするのが普通なのだろうか。その格好が原因で、みなが異世界の住人ではないかと疑っているようだが」  ファーレルがねっとりとした視線を絡めてくるので、ミリナはぶるっと震える。 「個人によってと申しましょうか。その格好はミリナにずいぶん似合っているでしょう?自分をかわいらしく美しく見せる術をもっているのです。かわいいだけではなく、賢さ、器用さもある女性で感服いたします。まあ、何を着ていても着ていなくても美しいのですがね、ぐふふ」  いや、ぐふふって何。マジキモいから。ミリナは顔を真っ青にしながらも、途中で話を折るわけにもいかず耐えしのいだ。 「僕にもし魔力があれば、彼女を小さくして常にポケットに入れて閉じ込めて……ごほん、いえ、大事にしまって連れ歩きたいくらいなのですが」  何それ、気持ち悪い。ファーレルに魔力がなくてホントよかった。 「え、キモ……コホンコホン、失礼。なるほど……」  リッツ王子、今キモって言わなかったか?こんな尊い人にキモいって言わせるなんて、ファーレル様マジすごいよ。それとも聞き間違い?。ミリナはこっそりとリッツ王子を見つめる。  高い鼻に尖った美しい顎に目が霞む。いや、こんな人がキモいとか言わないよな、きっと聞き間違いだよ。ミリナはスルーを決め込んだ。 「そのようなわけで彼女は聖女ではありませんので、ぜひ我らの国へ連れ帰らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」 「うむ……ただ一点、見たことがない服装というのがな。本当に異世界から来たのではないのか?幼いころに異世界から迷い込んでオリニヨンに住んでいるとか……」 「それは違います。僕は第三王子なので彼女が生まれたときはまだ生を賜ってはおりませんが、兄たちはミリナを赤子のころから知っております」 「その通りです!私はシュロス子爵家で生まれ育ちました。伯母様にもまだ会えずじまい、どうか解き放って下さいませんでしょうか」 「そうだな。申し訳なかった。そなたの伯母上も首を長くして待っていることだろう」  ふと見ると、諦めの悪いファーレルは何やら良からぬことを考えているような目つきをしていた。 「それでは、ミリナの身柄を僕がいただいてもよろしいでしょうか」  いやいや、怖い怖い怖い。身柄をいただくとか、絶対オリニヨンに連れて行かれる。  危険を察知したミリナは必死に抵抗を試みた。 「ちょ、ちょっとお待ち下さい。私は伯母様の元へ自分で参りますので、身柄をファーレル様に渡す必要はありません。ファーレル様は安心してお帰りいただくようにと、リッツ王子からもお口添えしていただけないでしょうか」 「と、ミリナ嬢は申しておるが?」 「僕に遠慮しているのでしょう。わざわざこちらで病気療養などしなくても、オリニヨンに帰れば手厚い対応が待っております。僕の資産があれば、十二分な医療体制が作れます。例えば、二十四時間、医師や侍女たちによる監視……ごほん、いえ、看護介護もちろん、侍女たちに任せるだけでなく、僕自身もできる限り二十四時間の看護に務めます」  今、二十四時間の監視って言った?もしかして今までも監視されていたのだろうか。だからすぐにトトムの王宮まで来れたのか。しかも自分で二十四時間の看護ってアホなの。王子としての仕事は?職務怠慢にもほどがあるし。  ミリナは呆れて一瞬言葉を失うが、自分の身を守るために何とか声を上げた。 「二十四時間の看護が必要な病気ではありません。のどかな町でのんびりと過ごせば良くなる病気なのです。だからこそ郊外の伯母の家に住み、病気が良化すれば、帰国の予定もありません。心ゆくまでトトムに住む予定です」 「と、ミリナ嬢は申しているが?」 「ミリナ、どうしたの?一緒に帰ろうよ」 「いえ、帰りません」 「こちらとしても強引なことはしたくないんだ。犯罪になってしまうし」  犯罪って……このエセ王子何しようとしてるんだ。ぞっとしてファーレルから二、三歩離れるミリナ。  その様子をリッツ王子はどのような気持ちで見つめているのだろうか。表情からは何も読み取れなかった。 「な、何を言われても帰りません。永住の気持ちでこちらに参りましたので」 「生まれ育った国を捨てるの?嫁ぐならわかるけど、ただ移住するなんて」  誰のせいだと思ってるんだ、という言葉がすぐ喉元まで出かかっていたが、またも飲み込んだ。 「捨てるのではありません。オリニヨンは母国です。トトムも素晴らしい国だと伯母からうかがっていますし、どこに住もうが本人の気持ちしだいだと私は思っております」 「僕と離ればなれになるんだよ?さみしくないの?」  いや、だから離ればなれになりたいんだって。ミリナはむしゃくしゃして頭が爆発しそうになる。 「……うむ、埒が明かないな。それではこういうのはどうだろうか。ファーレル殿は国へお帰り下さい。私が責任をもって、ミリナ嬢を彼女の伯母のもとへと送り届けます。その後も定期的に訪れ様子をうかがいます。それで心配ないですよね?何かあればすぐにご連絡しますので」 「いえ、それには及びません。監視を置いて……ごほん、いえ、部下を定期的に派遣しますので」  監視する気だ……離れてても監視する気なんだ。ミリナはもう驚かなくなっていた。 「……心配なので、トトムにいる間はミリナ嬢には王室からの護衛騎士をつけることにします。トトムで変なことはしないようにお願いしますね。ミリナ嬢もそれでよろしいですか?」 「お心遣い大変感謝いたします」  神様仏様リッツ王子様。ミリナは嬉しさのあまり、胸が熱くなり込み上げてくるものがあった。やっと平穏な日々が送れる。  ファーレルは後ろ髪を引かれる思いでトトムを後にした。
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