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オーダースーツを着てデスクに向かう壇は、机に重ねた本を読みあさっていた。
まだ駆け出しの司法書士として、先輩の事務仕事を手伝う以外はほとんど勉強に時間を割いている。
企業法務の業界は、高度な法律の知識と財務や不動産の実務的な能力が求められる。
だから、ずっと本を読むだけで一日が終わる日もあるくらいである。
面談に訪れたクライアントには、ベテラン弁護士がまず対応する。
そして壇のところには形式が決まった書類作成の仕事が回ってくるのである。
一言一句、間違いがないように何度も確認する。
法律上の判断など、ほとんど必要ない。
ドラマのような、白熱した議論など実際にはほとんどないのである。
貸しビルの一角にある法律事務所は、手狭で静かである。
外にはオフィス街の乾いた風景が広がる。
通りを行き交う車は、どれも同じような形をしている。
歩道を歩く人たちは、せかせかと先を急ぐ。
街に潤いを与えるはずの街路樹も、見事に刈られ、まっすぐに立っている。
街灯と樹のフォルムが、等間隔のリズムを刻み、遠くへ消えていく。
外を眺めていると、息が詰まりそうだった。
デスクにまた書類が運ばれてきた。
すぐにチームチャットでデータを確認する。
ひな形を元に、慎重に入力作業を進めていった。
でき上った書類を上司に送ると、すぐに修正指示がくる。
修正して再送信しても、またたくさんの修正があった。
こんなやり取りを続けながら、勉強して、レポートや論文執筆のための情報集めをする。
リモートの社員が増えている中、入社間もない壇は事務所に詰めて電話番をしながら仕事をこなしている。
毎朝の通勤ラッシュには、何か月たっても慣れていかない。
足を踏まれたり、肩でぶつかられたり。
通勤電車は人間を苛々させる。
それでも毎日同じルーティンを繰り返さなくてはならない。
良くないのは分かっているが、ついため息がでてしまうのだった。
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