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「若葉さんが、一命を取り留めたそうだ」
開口一番、岩瀨が若葉の話をする。
この期に及んでも、若葉を優先する岩瀨に胸がざらつく。
若葉に殺されかけたアゲハや僕の気持ちを、一体どう思っているんだろう。
「若葉さんが過去に犯した事件なら知ってる。……知っているというか、出会った後に知ったんだ。
不法侵入、及び殺人罪で捕まったが……搬送先の少年院では、真面目な態度だったんだろう。いや、強い力が働いたんだな。予定より早く仮出所になった」
「……」
「ヤクザに囲われて、そこから抜け出せずにいる若葉さんを……放ってはおけなかった。何か力になりたいと、思っていたんだ」
「……」
頼んでもいないのに、一人語りを始める岩瀨。心が疲弊し、寒さに震える僕の事などお構いなしに。
「樫井秀孝のニュースを知った時、若葉さんは君の身を案じて酷く悩んでいた。君を助けたいと……身内である事も含めて、そっと俺に打ち明けてくれたんだよ」
前屈みになり、開いた足の膝上に肘を付き、両手を握り締める岩瀨が深い溜め息をつく。
「若葉さんは昔、ガタイの良い体育教師に脅されて、貞操を奪われそうになった事があったそうだ。
それを助けたのが、そのヤクザ──当時はタチの悪い不良で有名だったらしい。そのせいで弱みを握られ、奴から逃れられなくなってしまったそうだ」
「……」
「だから。樫井秀孝の事件を知って……もし君が、力のある誰かの弱味につけ込まれて、嵌められたのではないかと……」
泣いているのだろうか。岩瀬の声が時折苦しそうに掠れる。
「なのに。そんな君を、何故殺そうとしたのか……その真意は若葉さんにしか解らないけど。
もしかしたら君を、そういうものから自由にしてあげたかったんじゃないかな……」
『だからね。アゲハとさくらは、僕の思いを継いでくれなくちゃ』
『僕はその為に、今まで生きてきたんだから……』
──蘇る、若葉の言葉。
理不尽に大翔に抱かれながら、それだけを夢見ていたのかもしれない。
もしかしたら本当に、僕をそういうものから救い出したくて。アゲハとの絶頂の中で逝けたら、きっと幸せだろうと考えていたのかもしれない。
「……」
だけど。
岩瀬のその言葉を、そのまま鵜呑みにしたくはない。
それは岩瀬の主観であって、岩瀨が知っている若葉の側面しか見えていないから。
僕からすれば……そんな綺麗事なんかじゃない。
動機はもっと単純で、不純なものなんだと思う。
竜一に犯されたのは、アゲハの傷つく顔が見たかったから……みたいに。
「若葉さんを許してあげて、とは言わない。……けど、責めないで欲しい」
「……」
苦しそうにそう言うと、更に背中を丸め握った両手の上に眉間を当てた。
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