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さよなら
×××
回転する赤い光が四方八方を照らすパトランプ。忙しく動く救急隊員。警察官。
深夜帯にも関わらず、この騒ぎに何事かと集まってくる野次馬達。灯りのついた家々の窓から、此方の様子を覗う住民達。
ガヤガヤ、ガヤガヤ……
「……」
若葉は、持っていたバタフライナイフで自身の首を掻き切り、玄関先で血を流して倒れていた。
アゲハは、急所が外れていた事と、先に発見したモルが応急措置をしてくれたお陰で、一命を取り留めたらしい。
パトカーの中。そして、連行先の警察署内で事情聴取が行われた。
唯一怪我をしていない僕は、自作自演の容疑者として見られていたのかもしれない。真実を話し身体検査を受ければ、恐らく身の潔白は証明されただろう。
だけど、僕は……何一つ喋らなかった。
あの部屋での出来事は、口が裂けても言えない。もしマスコミに漏れてしまったら……世間に広く晒されて、芸能人であるアゲハが受ける心の傷は、きっと想像以上だと思うから。
「隣、いいッスか?」
警察署の廊下にある長椅子に春コート一枚羽織って座る僕に、モルが話し掛ける。
「……どうして」
返事を待たず腰を下ろしたモルを見ず、溜め息混じりにそう吐き出す。
「あー。実は、リュウさんに頼まれてたんスよ。姫が無事に家まで帰れるか、見届ける様にって」
「……え」
竜一が……?
伏せていた顔を上げてモルを見れば、変わらない表情を浮かべたモルと目が合う。
「今、組織内で跡目争いが始まってて、実は……結構危険なんスよ。
もし姫がリュウさんの女だってバレたら、結構マズイ事になるッスから」
「……」
『兄貴が継ぐ事になっている』──竜一の台詞が脳裏を過る。
「……でも、継ぐ人はもう決まってるんじゃ……」
「うーん、そうなんスけどね。タイガさんには若すぎるって、納得してない幹部が多いんッスよ」
「──!」
……タイガ……?
その名前に、緊張が走る。
「タイガさんといえば……もう、ビビったッスよ。
まさか姫の引っ越し先が、タイガさんの女のアパートだったんッスから」
瞬間──アパートの外廊下ですれ違った、強面の美沢大翔を思い出す。
「……」
僕を見下げる鋭い目つき。
額に当てられた……唇の感触。
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