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爪痕
×××
『樫井秀孝、未成年の少年達に淫らな行為』
それは──瞬く間に広がり、世間を騒がせた。
新聞や週刊誌は勿論、どこのテレビ局も挙ってこのニュースを取り上げている。バラエティ色の強い昼の情報番組では、コメンテーターが奇をてらった発言をし、好き勝手に意見を垂れ流す。
──『最初の被害者である少年Aは、芸能界入りを夢見て参加したパーティ会場で、樫井に声を掛けられ、身体の関係を強要された』
──『少年B・C・Dについては、それぞれ共通の知人を介して。で、最後の被害者Eは、Aと同様、パーティー会場で声を掛けられたようですが……その時、樫井に媚薬を飲まされて、同意もなかったようですね』
──『尚、この被害者Eは、樫井の共演者Kの実弟だったとの噂もあり……えー、樫井本人とそのマネージャーが、少年Eの関係者とみられる男性に会い、口止め料として約300万を渡した、という事ですが……』
テレビ画面に映る大きなフリップには、時系列順に書かれた事件内容を纏めた表。そして、樫井の宣材写真と少年5人分のシルエット素材が散りばめられた相関図。
「……」
やっぱり、僕の他にも……いたんだ……
ニュースを眺めながら、怨めしそうに僕を睨み上げる樫井秀孝が脳裏を過る。
*
松の内が過ぎ、始業式を迎えた朝。
僕がどんな目に遭ったかなど露ほども知らない生徒達が、笑い声を上げながら登校する。希望に満ち溢れた笑顔。燥ぐ声。其れ等が容赦なく僕の耳を劈き、頭の中で轟く。
ざわざわ、ざわざわ……
玄関に入り上靴に履き替えた所で、慌ただしく廊下を走って行く一人の教師が視野に入った。
「……」
階段下の踊り場で職員室前の廊下を覗いてみれば、先程と同様、慌てた様子で飛び出した教師が、今度は奥にある職員用の玄関へと走って行く。
「……何あれ」
「えっ、なに?」
「忘れ物?」
「別に大した事ないんじゃない?」
「早く行こーよ!」
後から来た女子生徒達が、口々にそう言いながら僕の横を通り過ぎていく。
「……」
何となく引っ掛かるものを感じ、職員室をじっと見つめたまま足先を向ける。
一歩、また一歩……と近付く度に、大きくなっていく騒音。
慌ただしい先生の声。鳴り止まない電話。落ち着きのない足音──
「……どうしたの?」
直ぐ背後から声がし、びくんと肩が大きく跳ね上がる。
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