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僕の名は利山立樹。クラスで一番の美女、峰内さんが気になっている。
彼女はある特定の時間を迎えると、ガクガク震えはじめる。クラスの皆が二列縦隊で、保健室に向かい始めると、震えて歩きながら大号泣を始める。そう。彼女は予防注射が恐いのだ。
保健室の中、列をつくり、一人ずつお医者さんに処置をされ始めると、彼女は列の最後尾で、目鼻口耳の全パーツが飛び出すくらい、号泣し、最後にリバースしてしまう。
すると、隣で注射を待っていた子から順繰りに、クラスメート達がもらいゲロを始めてしまうのだ。ゲロ片付けに走る先生と、ナース。もう見慣れた光景だった。
予防注射の日は小学一年生で何回かある。僕にとって、予防注射の日とは、もらいゲロの日となっている。
僕は数回目のもらいゲロを成し遂げ、三学期を迎えた。冬休み直後。関東も寒い。僕はパパに買ってもらった青いコートに身を包み登校した。直後に会えた親友、太一は、赤いダウンを着ていた。二人一緒に寒さに震えながら、僕は相談を持ちかけた。
「あのさ、峰内さんって、気にならない?」
「そりゃ誰だって気になるだろ。あのリバース女」
「そうじゃなくてさ……」
僕は二年生になった。太一とはクラスが離れてしまったけど、峰内さんとは同じクラスになれた。時を選んで太一と廊下で話した。
「あのさ、峰内さんって、気にならない?」
「お前、恋とゲロを錯覚してないか? あの女なら、誰だって気になるって、言ってるだろ」
二年生の五月、予防注射の日、彼女はまたリバースし、僕ももらいゲロをした。保健室できれいにしてもらえたあと、僕は廊下で太一と話した。
「あのさ、峰内さんて、どんな趣味の人なのかな……?」
「やめとけ」
しかし、太一は峰内さんについて、熱心に調べてくれた。一週間後、僕は太一の報告を廊下で聞いた。
「そうなんだ。峰内さん、本が好きなんだね」
「それから、立樹、残念な知らせだ」
「何」
太一は深刻な面持ちで告げた。
「峰内、来年転校するんだって」
その時、僕は何も言えず立ち尽くし、次にガタガタと震え、最後に涙をこぼしてしまった。
「本気かよ……」
太一は驚いていた。窓から校庭が見える。今日は雨降り。五月の薔薇が僕と一緒に泣いているようだった。
太一は最高の親友だった。熱心に峰内さんについて調べてくれ、励ましのエールを送り続けてくれた。
快晴の日、太一と一緒に彼女の下校コースを追いかけ、
「今だ、行け!」
太一に背中を押され、僕は彼女の前に飛び出した。
「何」
正面の峰内さんに問われると、
「偶然会ったね! 何でもないよ!」
僕は笑ってそんな答えを繰り返してしまい、全然度胸が出せなかった。ずっと太一に怒られっぱなし。
そして、二年生二学期を迎えた。予防注射の日、彼女は震える所を見せなかった。泣かなかった。リバースもなかった。ガマンしてる様子もなく、他の子を励ましてさえいる。
彼女はとうとう予防注射を克服してしまった。それを見ていた僕は、自分の中で何かがさーっと引いていくのを感じた。
三年生になった。また薔薇の季節がやって来ていた。今日は晴れて温かく、花たちがそよ風に喜んでふるふるふるえている。
「お前、本当に良かったのかよ」
太一は、峰内さんと最後のお別れの後、校庭でブランコに乗ってる僕の傍らに立って言った。
僕は彼女を見送らなかった。告白もしなかった。僕は清々しい気持ちで答えた。
「うん、ぼく、リバースする峰内さんが気になっていたんだ」
「そ、そうなんだ……」
「恋に恋していたんだね」
「そ、そうかな……」
僕はスッキリしてるのに、太一は答えに窮しているようだった。そうして、僕はまた一つ大人になった。
何年も経って、太一と親友のまま、一緒に同じ高校、同じクラスに上がる事が出来た。クラスメートを見渡すと、中に一人、巨大なおにぎりキャラの被り物をした女子がいた。強烈なキャラ臭を放っている。
何故校則に引っかからないのか疑問だが、何か、事情があるのだろう。僕は昼食の時間を迎えると、太一に相談した。
「あのさ、おにぎりの彼女、気にならないかな」
「誰だって気になるだろ」
僕の青春が始まった。太一は、多分付き合ってくれる。君は最高の親友だ。一緒に学んで、一緒に恋しよう。君が困った時は僕が助けるよ!
(終わり)
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