瑠璃色の部屋

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瑠璃色の部屋

 侍女にルーカス様の寝室の隣りにある僕専用の部屋に、連れて行かれた。  淡いクリーム色と宝石のラピスラズリ色である瑠璃色(るりいろ)基調としていて、部屋はとても綺麗で調度品も煌びやか。  大きな窓からからは園庭が見える。  天蓋付きのベッドは人が3人ゆったり寝られそうなほど広く、枕カバーには青い花が刺繍されていた。  青はミカが大好きな色で、イメージカラー。  きっとここはミカのためにルーカス様が用意していた、部屋じゃないだろうか? 「御用があれば、そのベルを鳴らしてください」  そう言って侍女は出て行ったが、ここは宮殿。  廊下にずっと待機していない限り、手持ちのベルを鳴らしたぐらいでは誰にも聞こえないし、気づかれない。  試しにリンリンとベルを鳴らしてみたが、誰も来ない。  やっぱり……。  侍女が言いたかったのは「用事があっても、ベルで呼ぶな」と言うことだろう。  部屋に飾られていた青い花は、水が変えられていないのか萎れている。  ある時を境に、この部屋の手入れを誰もしていない証拠。  無言のままベッドに横になると、我慢していた涙が溢れた。 「うっ、うっ……っう……」  この涙は何の涙だろう?  ルーカス様に邪険にされた涙?  サイモンにさよならを言った涙?  薬を盛ってまでサイモンと行為をしたのに、妊娠しなかったことの涙?  自分はミカのフリをして、サイモンと結婚したこと?  父様と母様に死んだのは僕と言うことにしなさいと言われたこと?  サイモンにずっと嘘をついていたこと?  ミカとお別れがきちんとできなかったこと?  それともサイモンとの楽しかった日々を思い出してのこと?  どの涙かわからない。  ただ言えるのは、みんなに嘘をついて、騙して、傷つけたことへの後悔と、懺悔の気持ち。  ミカが死んでしまってから、僕はきちんと泣けてなかった。  その涙を出し切るように泣いた。  僕の世界は今日、この瞬間からこの部屋の中だけになる。死ぬまでずっと。  そのことを悲しいとは思わない。  それより僕にきちんと罰をあたえてくださったルーカス様に感謝した。  次に気がついたのは、泣いたまま眠ってしまっていたのか、あたりが薄暗くなりだした頃だった。  部屋の中には灯りはなく、うっすらあたりの様子が見えるほど。  ゆっくりと目を開き、ぼやける視界に目を凝らすと、僕の顔を覗き込み髪を掬い上げながら、髪にキスを落とす人影がある。 「サイモン?」  小さな声で語りかけるが、人影は僕を通りこし、別のものを見ているようで何も聞こえていない。  もう一度問いかけようとした時、サイモンはオリバー家の領土に帰って、もうここにはいいない、という真実をお思い出した。  じゃあ誰?  不審者が僕の髪にキスをしているにも関わらず、恐ろしい気持ちは全く起きない。  誰だろう?  よく顔を見ようとすると、 「ミカエル……」  苦しげなルーカス様の声がした。 「どうして、俺の前からいなくなった……」  悲痛な声と共に、僕の頬に水滴が落ちる。 「手紙では言い過ぎた。反省している。許してほしい」 「……」 「もうあんなことは書かない。だからお願いだ。俺のことを嫌いにならないでくれ……」  ぽたぽたとルーカス様の涙が頬に落ちてくる。  ああ、ルーカス様は僕を通してミカに語りかけている。  ルーカス様はミカの死を、まだ受け入れられていない。  ミカに出したあの手紙のことを、後悔されている。  今僕ができること。  それは……。  僕は上半身を起こし、ルーカス様の首に腕を回す。 「ルーカス」   語りかけると、ルーカス様がハッと息をのむ。 「手紙のこと、僕は怒ってないよ」 「本当……にか?」 「うん。だから謝らなくていいし、目には見えなくても僕はいつもルーカスの側にいる。だって僕たち友達でしょ?」 「友達……」  ルーカス様は一瞬遠い目をしてから、 「そうだな。大切な友達だ」  悲しげに微笑まれた。 「この部屋、僕のために作ってくれた部屋でしょ?」 「ああ、気にいるといいんだが……」  こちらの様子を伺うように、ルーカス様がミカだと思っている僕の方をチラリと見る。 「僕の大好きな青をたくさん使ってくれて、とっても嬉しかったし、お気に入りの部屋だよ。ルーカス、本当にありがとう」  そういうと先ほどまで悲しげだったルーカス様の顔が綻ぶ。  僕はルーカス様を抱きしめる腕に力を入れた。 「仲直りの印に、今日はルーカスが眠るまで僕が膝枕してあげる。だからルーカスの部屋に行こう」  その続きに 「あ、でも変なことは絶対にしないでね」  と付け加えると、ルーカス様は頬を真っ赤にして、 「俺がそんなこと、するかよ!」  と恥ずかしがりながら怒った。  その姿が、とても可愛らしくて……。  僕はルーカス様の手を引き部屋に行くと、ルーカス様が深い眠りにつくまで、膝枕をしながら艶やかな金色の髪を撫で続けた。
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