絶望 ③

1/1
144人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ

絶望 ③

 エマ!  そこには懐かしいエマがいた。 「覚えていらっしゃいますか?オリバー家でレオナルド様の侍女をさせていただいておりました、エマでございます」  覚えている!もちろん覚えている!僕の味方になってくれたエマ。  僕が辛い時、表に立って僕を守ってくれたエマ。 ー会いたかったー  そう伝えたいのに、口がぱくぱく動くだけで言葉が出ない。  悔しい。言葉が出ない……。  でもどうしてここに?  ルーカス様の顔を見上げると、 「これからはレオナルド専属の侍女だ。何かあればエマに言えばいい」  僕の手をルーカス様が握る。 ーありがとうございます!ー  お礼を言いたかったが、また口がパクパク動くだけ。  そんな僕の姿を見てルーカス様は目を見開き、そして安心したように微笑まれた。 「これからはエマを困らせるほど、わがままを言うんだぞ」  ルーカス様は僕の頭を、ポンポンと優しく叩き部屋を出られた。  部屋には僕とエマの二人だけ。  懐かしさと、こんな姿を見られて恥ずかしさとが同時に僕を襲う。  エマは僕のこと幻滅していないだろうか?  チラリとエマを見ると、エマは部屋の中を見渡し腕まくりをしていた。  なにをするの?  僕が首をかしげると、 「掃除を致します」  と部屋の窓を開けていく。 「埃がたちますので、これで口を押さえていてください」  清潔なハンカチが手渡された。  清潔なハンカチなんていつぶりだろう……。  僕は『うん』と頷き、ハンカチを口に当てる。 「それでは用具を取って参ります」  元気に部屋を出ていくエマを、僕は笑顔で見送った。  有能なエマは、掃除の手際もいい。  僕がベッドで座って無駄のないエマの動きを見ていると、「ベッドメイキングをします」と容赦なく僕をベッドから追い出し、清潔なシーツに変えてくれる。  青い花が枯れてしまってからは何も飾られていなかった花瓶には、溢れんばかりの花が生けられ、櫛で僕の長い髪をとかしてくれる。 「私がいない間にレオナルド様は、髪のお手入れをサボられましたね」  エマは軽口を叩く。 ーだってそんなことしても仕方ないじゃないかー  心の中で言うと、 「またそんな言い訳を。レオナルド様の髪は絹のように美しいのですから、今日から私がお手入れをしていきますからね」  僕の気持ちがわかったようにエマは話す。  エマが来てくれて、部屋の中の空気が変わる。  エマ、来てくれてありがとう。  でも、エマが僕のところに来たということは、どうしても気になることがある。 「宮廷に着き、レオナルド様のお部屋の前に着くまで、何も聞かされていませんでした。だからご安心ください。サイモン様は何があったかはご存知ありません。……、レオナルド様、お一人でよく頑張られました。これからはエマがおそばにおります」  エマはとかしてくれていた櫛の手を止め、僕を抱きしめてくれた。  僕はエマのふくよかな胸の中に、すっぽり入ってしまう。  暖かくて優しい胸の中。  もし赤ちゃんが産まれていたら、赤ちゃんも僕の腕の中でそう思ったのかな?  僕の赤ちゃん。  僕達の赤ちゃん……。 「……、ぅっ……」  何も発せられなかった僕の口から、音が出た。 「ぅっ…、うっ…、ぅぅ……」 「泣いてください。エマの胸の中で泣いてください」  服が僕の涙で色が変わっていっても、それでもエマは僕を抱きしめ続けてくれた。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!