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第十一羽、遠き日の約束
「悪いな。ミカン。あとは頼んだぞ。埋蔵金、見つけろよ」
章二〔阿呆〕の遺言だ。
うむっ!
もちろん章二に言われるまでもなく埋蔵金を見事に見つけ出して掘り出してやる。
轟建設の皆さんに負けぬわ。フハハ。とから笑ってみる。
何故ならば、薄暗くなった辺りの雰囲気も手伝ってか、地蔵と二人きりになってしまい、ある種の背徳感というか、怖さを感じてしまったからだ。無論、お笑い担当の章二の騒がしさから解放されて静けさが辺り一面を支配したというのもある。
ふふふ。
相変わらず地蔵は微笑んでいる。今はソレが余計に恐い。
なにを考えているのか、分からないからこそだ。うむっ!
そんな事を考えていると、またまた地蔵がボソッと一言。
「はずかしいめにあうよ」
ドキンッと心臓が一際大きな音を立ててから飛び跳ねる。
地蔵は、一体、なにを考えているんだろう。本当に恐い。
しかしながら相変わらずの笑みからはソレを読み取る事は出来ない。いや、むしろ読み取りたくもない自分がいたのかもしれない。だって、はずかしいめにあうよ、という言葉は、もはや疑いようがなく、恥ずかしいめに遭うよ、なのだから。
雪が降ってくるほどの極まった寒さも相まってゾゾッと背筋が寒くもなる。凍る。
ガクガクブルブル、だ。
英輝、早く帰ってきて!
なんて事も考えたが、現実逃避だわよ。地蔵と二人きりという状況が嫌すぎての。
そう思って震えて寂しい私は一人っきりになった。突然。
フッと。
もちろん、実際的に一人になったわけじゃない。少し離れた場所には矢田京介こと地蔵がいる。いや、いると思う。さっきまで地蔵の存在自体が恐くて現実逃避までした私だが、今度は、地蔵、お願いだから、ソコに居てとまで、そわそわしてくる。
真っ暗闇の中、吹雪いた白き精霊達がダンスパーティーを開き、クルクルと舞う。
私の赤ぼけた髪もメソメソと泣き始めて食べ頃を過ぎる。
そうなのだ。いきなりなのだが、轟建設の皆さんが撤退を始めたのだ。
今まで投光機などを使って辺り一面に恵みとも言える明かりを降り注がせていたヤツらが消え去ったのだ。多分だが、雪が降ってきて安全を最優先させた、或いは、近隣住民からの苦情が入りといったところだろう。今は、それが逆に悲しい。
寂しい。
だって地蔵の不可思議さと一言に恐怖を感じたところに闇が襲ってきたのだから。
りんごがぼける。まさに今の私だ。赤ぼけた髪が特にね。
一寸先は闇。そんな言葉があるよう私の視界は、まさにソレ。どこになにがあるかすら分からない。無論、夜の帳が降りたあとだから動物たちも寝静まり、辺りは凜とした静けさ。山中での夜というものが、こんなにも恐いものだとは思わなかった。
なめていた。正直。……章二と一緒に帰れば良かったかな、とすら後悔し始める。
それこそ相も変わらず雪はロンドに合わせて踊り舞い狂う。冬風がビュウなんて寒さを加速させる歓声を送りながら。私は立ち尽くしてしまい、歯の根も合わなくなってきて。もう本当に、早く、英輝、来てよ、と亡くなってしまった月に祈る。
真っ黒な夜空を見上げて救いを求めるが、……ソコに在ったのは、がしゃどくろ。
戦死者や野垂れ死んだ者など埋葬されなかった死者の怨念が集まって形作るソレ。
カカカ。
なんて、ワイルドすぎる笑い声をあげる。嗤う。ソレは。
無論、恐怖心が創り出した幻想に過ぎないのだとは分かっている。分かってはいるが、どうしても目を閉じてしまう。見たくないと。強く。……と、そこで、そういえばと思う。そうだ。地蔵は、どうしたんだ、と。それこそ笑い声も聞こえない。
消えた?
そんな馬鹿な。いやいや、居る。ソコに。黙ってるだけ。
恐怖心に駆られてしまい、そんな事さえも考えてしまう。
同時に。
そういえば、と、謙一から支給された物資の中に懐中電灯があったと思い出した。
うむっ!
今の今まで、轟建設の皆さんが辺りを照らしてくれいたから抜けてしまっていた。
私は、まるで牧羊犬に追い立てられた羊の群れのよう慌ててザックを漁る。暗闇の中、見えないザックの中身を必死で、まさぐる。手の感触だけで懐中電灯を探す。そんな最中、また脳内に、あの懐かしき声が響き渡る。私の思考がソレに染まる。
無駄だよ。今、ここで懐中電灯を探してもね。ミカン。僕がソレを拒否するから。
僕は思いだして欲しいんだ。矢田京介という名を持つ男の子を。君にね。ふふふ。
地蔵。地蔵なの? この声の正体は。ねぇ、答えてよ。地蔵なんでしょ? 地蔵。
ふふふ。
声は、意味深にも笑った。その笑い声は、やっぱり地蔵にしか思えなくて。でも、同時に、凄く懐かしくもあって。これは不思議だったのだが、その時、私は、何故だか、矢田京介という名前が持つ意味を考えた。どこかで聞いた事があるってさ。
いくらかの時を、思い出すという思考に使う。
気を落ち着けて考える。
矢田京介、それは、誰?
と……。
そして、
思い出したんだ。遂に。矢田京介という名を持つ男の子が誰だったのかを。うん。
これは、
あまり語りたくないのだが、私が、まだ幼き子供だった頃〔五歳とか、それくらいの頃〕、とある病気で、五ヶ月近く入院した。無論、治る病気だったんだけど、幼すぎて、加え、病気が苦しすぎて、もう生きていたくないって思っちゃって。
その時、出会ったのが矢田京介という男の子。
そうなんだ。なんで今まで忘れてたんだろう。
私は、その子に助けられたんだ。命を救われたんだ。勇気をもらったんだ。うん。
どうしても病気に耐えきれなくなった幼き私がコンセントにヘアピンを突っ込んで感電死しようと目論んだ。無論、それで死ねるのかとかは関係ない。子供の頃の話だし、仮に死ねなかったとしても、その時の私は真剣に死にたかったのだから。
そしてふるふると震える手でソッとコンセントにヘアピンを差し込もうとした時。
「ミカン」
と私を呼ぶ声がした。小さな声で優しきソレ。
「さっきした約束。覚えてる? 明日、また遊ぼうねって約束したよね」
「京介君」
「ダメだよ。明日が過ぎるまでは待って。明日、君と遊べる事を楽しみにしてるんだからさ。それに今日の昼ご飯はカレーだよ。好きでしょ? カレー。ミカン」
明日が過ぎるまで待って。彼が、どんな意味を持たせて言ったのかは分からない。
それでも死のうと決めた私は、とりあえず明日までは待とう。彼と遊んでからでも死ぬのは遅くないって思ってさ。そして、その明日が来て、彼と遊んで笑い合ったら……、そっか、まだ楽しい事はあるだって思えちゃって。死ぬのを止めた。
うん。本当になんで忘れちゃってたんだろう。
私の命の恩人でもある矢田京介君の事を……。
そして初恋での想い人であった京介君の事を。
ミカン。
また不思議な声が私の脳内に忍び込んでくる。
そだね。
僕を忘れていたのはさ。章二も言ってだろう?
忙しいという字は、心を亡くすと書くってさ。
うん。君は心を亡くしていたんだ。だから忘れていた。いや、それに加えて僕が忘れさせたというのもある。僕はね。君とは違って治らない病気だったんだ。だから忘れて欲しかった。僕の事なんて。ミカンには幸せになって欲しかったから。
……ッ。
京介君。
地蔵であろう、その言葉たちは微笑み続ける。
そだね。
あの時、
約束の日が、明日で、お昼ご飯がカレーの日。
ホールで君と食べたカレーは美味しかったよ。
特別に美味しかったからこそ君には忘れて欲しかった。僕の事なんて。
でも、最近の君を見ていたら、なんだか、あの日のカレーの味、そして僕と遊んだ日の楽しさを忘れちゃってる気がしちゃってさ。だから逆に僕を思い出してもらう事にしたんだ。そしたらミカンも元気になるって。余計なお節介だったかもだけど。
だって一年B組のメンツは本当に濃くて良いヤツばっかりだったから。
うん。そうだ。その延長線上に埋蔵金が在る。
これから、その在処をミカンだけに教えるよ。
ふふふ。
私は、大切な事を忘れてしまっていた自分が不甲斐なくて……、寂しくて悲しく。
疲れてた事にも気づけなかった自分が情けなく、いつの間にか目から涙が溢れた。
ふふふ。
埋蔵金。
もういいや。それよりも大切な事、そして大事な人を思い出せたんだから。私は。
ぽたり。
ぽたり。
と暗闇の中で地面へと落つる涙達。ぽたりと。
また辺りが静寂に支配された。けども、今度のソレは恐くなくて。むしろ温かいとさえ思えて。色んな人に応援されている気にもなって。沢山の愛に囲まれて支えられて生きてるんだって思えたから。そしたら、もう、涙が止まらなくなっちゃって。
アハハ。
今の自分を空から他人として眺めたら、それはもう酷い事になってるんだろうね。
鼻水とか、涙とかで、ぐちゃぐちゃになって。
ダメだよ。ミカン。僕も嬉しくて……。うん。
ぽたり。
雪が降っていたにもかかわらず、一粒だけ、何故だか空から雨粒が落ちてきてさ。
その雨粒が、私の額に直撃してさ。でも、それは、とても温かかった。
「地蔵は」
と私が、静かに問う。響く不思議な声へ……。
そうだ。地蔵は矢田京介だったよね? うん。
「そっか」
うん。僕はココに居て、ココに居ない存在だ。
「分かったよ。全てが繋がったよ。今。そだね」
うん。そうだよ。そういう事なんだ。ミカン。
そんな、やり取りを交わしたあと私は静かに言う。矢田京介君に……。
「もう埋蔵金はいいよ。お金持ちになりたいわけでもないし、単に面白そうだからで始まった埋蔵金発掘なんだから。みんながソレで納得するかは分かんないけど」
私は真っ暗闇の中で吹っ切れて空を見上げる。
「ダメだ」
えっ!?
なんで?
「君には埋蔵金を見つけて欲しいんだ。その上で、そのお金をどう使うか、君自身が決めて欲しい。もちろん僕とミカンが交わした約束も思い出して欲しいから……」
私は、いまだに矢田京介君が、地蔵が、埋蔵金に、こだわる事に、不思議さを感じた。けども、彼が、そう言っているのならば何かしら意味があるんだろう。そう思った。だから、分かったよ、と笑んだ。そして矢田京介君こと地蔵の声が流れ込む。
私の頭の中へと、ゆっくりゆっくり。静かに。
分かったかい。ミカン。
うんっ!
うむっ!
だわよ。
なんて敢えてで茶化してないと、また目から汗が滴って大変だからね。
そして、同時に、ああ、なるほどって思った。
はずかしいめにあうよ、という最後の言葉が持つ意味を悟ってしまい。
まあ、その可能性を潰す為にも、私こと長縄蜜柑は奔走するんだわよ。
うむっ!
多分、無駄だろうけど。ねぇ? 矢田京介君?
だねッ!
なんて脳内で声が応えてくれて私は微笑んだ。
彼も、また静かにも微笑んだような気がした。
ふふふ。
と……。
無論、いつの間にか闇も恐くなくなっていた。
うむっ!
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