第五羽、それこそが暗躍

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第五羽、それこそが暗躍

「揺れてる。揺れてるよ」  じしんがおこるよだっ!  目の前に在る池の水が、ざわめき立つ。水面に小さな波動が拡がる。  ケケケ。  キョッ。  先に飛び立った一羽とは違うツグミがほとりに在る木の枝から飛び立ち消え去る。  数分前。私らは休憩をとる事にした。もちろん、事前に謙一から支給されていた非常食としてのクッキーとチョコレート、それから飲料水をザックから取り出した。ほとりにあった切り株に腰掛ける。見上げた空にはトンビが滑空して回っていた。  その悠々自適に大空を駆け巡る姿が目に焼き付き、ほう、と息を吐いてしまった。 「あんな感じで自由に生きられたらいいな? ミカン。そう思うだろ」  とか章二が言っていたが、素無視だ。素無視。  そんな感じで休憩をとっていると、いきなり、それは襲って来たっ!  ゴゴゴ。  木々がざわめき、どこに隠れていたのか、リスやタヌキなどの小動物が慌てて飛び出してきて走り去ってゆく。今まで静かだった森が一気に慌ただしくなる。山が、うねって別の生き物のよう。心底恐い。そう思ったのは、これで、人生、二回目。  まあ、これは、あまり語りたくはないんだけど病気になって死のうと決めて……。  うむっ。  それこそ、そんな事どうでもいいじゃないか。  あのお笑い担当の章二にも悲しい過去が在って、それが私こと長縄蜜柑にも在ったというだけの話だ。そんな事よりも今は身を守る事が先決。地震というには、いくらか揺れが弱い気もするが、それでも恐いと思える揺れが襲ってきているのだから。  てかっ!  おおい!  章二、お前、なにB-BOYになってんのよ。  ここぞとばかりに揺れを利用してブレークダンスを始めやがった。いや、むしろ、この揺れの中で、しかも荒れ地で、華麗なヘッドスピンを披露なんて意外な特技。いやいや、なんで今の今まで隠していたのさ。謙一も初めて見たって顔してるし。  うむっ。  私らが揺れも忘れて驚いていると章二は笑う。 「別に、俺、ブレークダンスなんてやった事ねぇし。揺れに合わせて、適当に、こうやったら面白くねぇ? なんて考えちゃってよ。やってみたら出来た。それだけ」  アハハ。 「章二らしいわ。本当に章二らしい。オリンピックに出てみればブレイキンにさッ」 「オリンピックをなめちゃいけねぇぜ? 俺なんかが出られる舞台じゃない。俺は適当に生きてるだけだからマジ気に頑張ってるヤツらの邪魔をしちゃダメなんだよ」  なんて章二が真面目な顔をして言うから、ごめん、そだね、と私も神妙に頷いた。  兎に角、  章二のおかげで、この揺れの恐怖からは、なんとかで解き放たれた。  だがしかし、揺れが収まったわけじゃないんだ。ただ、冷静になって思った事もある。それは揺れている時間が、あり得ないほど長いという事。これが本物の地震だったら一旦でも直ぐに揺れは収まるはずだろう。それが、ずっと続いているんだ。  という事は、この揺れの正体は地震じゃない。 「そうだな。地震なんかじゃない。地蔵は、じしんがおこるよ、とか言ってたけど」  と章二が、また私の心を読んでから言い放つ。 「ククク」  お笑いだ、だよね? 謙一。だよね。だよね。 「お笑いだ。それこそな」  来た来た来たッ! それでこそ暗殺・暗躍・暗算な謙一の復活だッ!  完全体。 「これは地震ではない。自信だ。自信がおこったのだ。待っていた。この瞬間をな」  瞬間と書いてトキと言ったぞ。まさに謙一ッ!  待っていたってなにを?  ちょっとだけワクワク。 「って!」  ちょっと待て。マティーニ。カクテル作るぞ?  それこそシェイカーを上下に激しく振ってさ。  そうなのだ。私が不覚にもワクワクしてしまった直ぐあと、にわかには信じられないものが目の中に飛び込んできた。そうなのだ。地震だと勘違いした、この揺れの原因は、轟建設、轟重機などというワクワクから大きく逸れたファッキンだった。  なに? あれは何なの?  ……章二にも意味が分からないんだろう、驚き戸惑って更に激しくヘッドスピン。  そののち倒立の状態でピタッと止まって右足を立てて左足を曲げる。  うむっ!  意味が分からん。でも心意気はしっかと受け取ったぞ。で、あれは、なんなのさ? 「ククク。お笑いだ。まだ分からんか? ミカン、章二。轟建設と轟重機だ。ここまで言っても分からんか。そうだな。ヒントをやろう。俺の姓はなんだったかな?」  謙一は謙一だから、基本、姓なんて意識する事は少ないけどさ。轟だったような。  轟……。  ああっ!  またピタッと止まって倒立な章二。両足をワニワニと上下に動かす。 「ククク。お笑いだ。ここまで言って、ようやく気づくとはな。アレは親の会社の重機部隊だ。ユンボにブルドーザー、ダンプ、全て揃っている。意味、分かるか?」  章二は倒立の状態から右腕に力を加えて立つ事なくジャンプしてから起立の姿勢。 「まあ、アレだろう。埋蔵金を横取りする為の部隊ってところだな?」 「ククク。よく分かってるじゃないか、章二。埋蔵金は我ら轟一族が貰う。自信が起こったからこその裏切りだ。まあ、俺のモットーは暗殺・暗躍・暗算だからな」  てか、自分で言うのね。  暗殺・暗躍・暗算がモットーって。まあ、ソレがB組の謙一で可愛いんだけどさ。  てか、そうか。これが、あの揺れの正体。今もゴゴゴなんて厳つい音を立て続々と掘るべき場所へと重機が集合してきている。しかも既にココと決めているのか掘り出して余った土砂を運び出す輩らもいる。マジか。謙一が遂に裏切りやがった。  眼前では現代版ピラミッド建設とも思えるような手際の良さで発掘作業が始まる。 「うむっ」  まあ、敢えて言うのも疲れたけど、それ私のだから。うむっっての。  謙一よ。 「自信が起こったんだよ。小春市の郷土史を調べ尽くし、民間伝承や昔話などを端から端まで洗い直したらな。無論、轟建設の有能なる事務処理部隊の完璧な仕事でな」  カネに聡い謙一だから親もまたカネに聡いんだろうね。後は言わなくても分かる。  多分だけど、地蔵が、学校で、マイゾウキンがあるよ、と言った時点で轟建設には情報が筒抜けだったんだろう。そして、この僅かな時間で全てを調べ尽くしたといったところか。でも、そうだね。あとは大人に任せて、私らは、お役御免が妥当かな。  章二は、両足に力を加えて、まだ揺れ続ける地面を蹴り、くるっとバク転をした。  そうして倒立の姿勢になり、両腕の力を抜く。  そのまま潰れたようにも見える姿勢になったあとで背中を基点に激しく回り出す。  独楽のように回り続けながら言う。笑いつつ。 「まあまあ、本気の発掘は大人にでも任せておけばいい。俺らは俺らで楽しめばいいんじゃねぇの? それより重要なのは埋蔵金が在る確率が上がったって事だ」  うむっ。  ……でもソレは確かだ。だって大人が全力で調べて在るって結論づけたんだから。 「そだな」  なんだ?  章二よ。 「ミカンも分かってるとは思うけど在ると見つけるは違う。大人の本気の発掘にもソレは当てはまるんだぜ? で、俺らガキが大人を出し抜いたら……、面白いベ?」  アハハ。  確かに。  確かにそうだ。大人を出し抜き私らが埋蔵金を見つけたら、それこそ、お笑いだ。  ククク。  だわよ。  まあ、大金をかけて発掘する大人の人達には悪い気もするけど、事の発端は一年B組の一員、地蔵の一言なんだ。だったら私達にも埋蔵金を見つける権利は在る。私達は私達だけの力で発掘するんだから余計に見つける権利は在ると思う。違うかな?  なんて事を考えてると。 「まあ、そんな難しい事は後から考えればいいさ。そんな事よりも重要なのは、今、どう思うか、どうしたいのか、だぜ? まあ、適当な俺の適当な答えだけどな」  でしょ? ……ミカン。  ふふふ。  うむっ。  あんたさ。本当に章二?  なんか悪い物で食った?  私の目の端に地蔵が映った。瞳を閉じた後、何やら呪文らしきものを唱えている。 「ううん」  とッ! 章二が苦しそうにも悶えて言い放つ。  頭を抱え顔を真っ赤にしてから起立の姿勢に。  グオオ。  と章二。 「実はよ。……ミカン。ちょっと前から変なんだ。青い鳥の話をした時からだ。だって、お前、俺に母親が居ない事、知らなかっただろ? 言うべき事じゃねぇからさ」  うむっ。 「でも変なんだよ。口から勝手に溢れてくんだ」  うむっ。  章二。本当に大丈夫? 体の調子でも悪いの? 「今の哲学者みたいな発言もそうだ。別に、そんな事、考えてねぇし。楽して大もうけがモットーの俺だぜ? そんな俺が哲学なんて似合わねぇて。小っ恥ずかしい」  まあ、恥ずかし紛れなのは分かる。けど、じゃ、何で勝手に口から溢れてくるの?  そんな事を考えていると、また地蔵が笑った。  静かに。  ふふふ。  と……。
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