初恋未満

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初恋未満

 私が初恋を知ったのは、恋が終わった後だった。 「俺じゃかのちゃんを楽しませられない。別れよっか」  付き合って2週間、知り合って1ヶ月の龍太はコンビニの駐車場であまりにもあっさりと運転席でその言葉を口にした。そして、感情のこもっていない声のまま「俺より良い人絶対いると思うから」と口にする。  嘘をつくならもう少し上手につけよ。  慰めるならもう少し上手く慰めろよ。    そんな怒りが込み上げてきた。怒りしか込み上げてこなかった。  龍太の言っていることは嘘だ。  男の人は、別れを切り出す際本当のことを言わないとどこかで聞いたことがあるけどきっとそれは本当のことだろう。  だから、イライラする。  別れ話をされたことに対してではない。本当のことを言わない彼に対してイライラしているのだ。 「急に何?考え直してよ!」  花音の口から出た言葉は感情がこもっていたけど、震えていたと思う。信じたくなかった。夢だと思いたかった。  だって、せっかく好きになれそうな人と付き合えたのだ。  龍太は、特別イケメンではないけど今まで好きでもないけど付き合ってきた男達と比べてカッコ良い分類だと思うしエスコートだってできる。だから、今度こそはちゃんと好きになれる気がしていた。  例え、彼が運転中にスマホをいじるような人でも顔が良くてエスコートをしてくれる彼のことを花音は気に入っていた。 「本当ごめん。申し訳ないんだけど…絶対良い人いるから」  花音の怒りとは裏腹に龍太は、ロボットのように同じ言葉を繰り返してハンドルに顔を伏せた。  ふざけてる。ふざけんな。ここで終わらせてたまるもんか。  マッチングアプリだってこいつが告白してきたのを気に2週間前に辞めたばかりだと言うのに。 「私アプリ辞めたんだから誰か紹介してよ!あんたの友達とか誰かいるでしょ!」 「紹介って…」  龍太が戸惑った表情を浮かべる。そりゃそうだろう。過去に付き合っていた元恋人を友達に紹介するなんてしたくないに決まってる。それは、花音だって嫌だ。 「じゃあ、期限決めてよ!」 「期限って・・・」 「1ヶ月とか3ヶ月とかそういうのでいいから。仕事だって3年間は我慢しろって言うじゃん?」  2週間で終わってもらったら困る。  せっかく2週間前に友達に彼氏ができたと話したのに。数年ぶりにやっとできた彼氏を簡単に手放したくなかった。こんな簡単に終わらせたくなかった。  だが、龍太は首を縦に振ってはくれなかった。それどころかため息をついた。 「それって3ヶ月付き合ったって証拠が欲しいだけだろ?」 「・・・・・」  図星だった。確かにそうだ。  好きじゃない人としか付き合ったことがない花音の交際はいつも1ヶ月未満で終わっていた。だからこそ、今回は長い期間ちゃんと付き合った経歴が欲しかったのだ。  それに、3ヶ月付き合えば龍太の気持ちも変わると思った。  だが、そんな花音の気持ちを知らない龍太は言葉を続けた。 「俺より絶対良い人いるから。2週間って言う短い期間だったけど、ありがとうね。本当、申し訳ない気持ちしかないけど…」  バカ。死ね。本当のことを言え。絶対別れない。  言いたい言葉は山程あった。だけど、それを言う勇気のなかった。  でも、「いいよ」とか「分かった」とも言いたくなくて花音は乾いた声で龍太に声をかけた。 「じゃあ、最後に家まで送ってよ」  せめて、最後まで彼氏としての役目を務めろ。家まで徒歩15分。車で5分。  いつもは記憶に残っているはずの5分間の記憶が花音には残っていなかった。そして、気づいた時には一人暮らしをしているアパートの前に車は停まっていた。 「ここで良い?」  龍太の声に花音が頷くと彼はそそくさと運転席から降りる。どうやら車を降りたくないのは花音だけのようだ。  花音は、怒りから助手席のドアを少し乱暴に開けて外に出ると龍太が気まずそう立っていた。  きっと、龍太にはもう会えない。  お互い社会人2年目の24歳だけど、こいつとは写真も撮っていないし、手も繋いでいないし、キスもできなかった。体の関係だって持っていない。  交際期間だって、2週間でカップルとしてちゃんとデートしたのは今日を除くと1回だけだから貰った物もなかった。思い出はスマホに残る数枚のコーヒーやパスタ、ケーキの写真だけだ。  こんな薄っぺらい恋人関係でも龍太に自分の跡を残しておきたかった。2週間だけだったとは言え、自分が彼の彼女だったと言う証が欲しかった。  花音はその場で動画アプリを立ち上げると、1番好きなバンドの大好きな失恋ソングを龍太に送りつけた。龍太がこの曲を聞くかどうかは分からない。だけど、龍太はこの先花音が1番好きなバンドを見る度に昔の女____花音のことを思い出すはずだ。 「私の好きな曲送ったから聞いてね」  やっとの思いでそう言えた私は上手く笑えていただろうか。  人としての礼儀として「ありがとうございました」と彼に声をかけた私は上手く笑えていただろうか。  答えは、間違いなくNOだ。  なぜなら私は、この瞬間に彼への想いが恋だと気づいたからだ。彼が初恋の人だった。  だけど、初恋ははじまる前に終わってしまった。意外と呆気なかった。  きっと、手を繋ぐことも、キスも、処女を捨てることも全部意外と呆気なく終わるに決まってる。  でも、それを何1つ経験できなかった自分が憎かった。そして、そのチャンスをくれなかった彼が憎かった。  本当の恋愛ができるまで私はまだ死ねない。  後ろを一切振り向かずに歩き出した花音の最初で最後の初恋はそんな気持ちと共に幕を閉じた。
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