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「扉、押さえるよ」
七春ちゃんがスタジオから出やすいように、私は出入り口の扉が閉じないように押さえる。
私にとっては当たり前の動作でしかないのに、七春ちゃんも南さんも私の心遣いに感謝の気持ちを述べてくれる。
「橋本さん」
「泉さん、お疲れ様でした」
現役高校生声優として知名度を一気に高めている泉くんに声をかけられた。
軽く会釈をして、扉から出て行く泉くんを見送ろうと思っていた。
でも、その予定は狂ってしまった。
「扉押さえるの、俺、代わります」
泉くんの手が伸び、私の代わりに扉を押さえてくれた。
ここで泉くんと役目を譲り合っても仕方がないと判断した私は、泉くんに扉が閉まらないように押さえる役目を譲った。
「ありがとうございます、泉さん」
「いえいえ、お気になさらずに」
出演者の人たちが帰るのを泉くんと一緒に見送る。
そして、スタジオに誰もいなくなったのを二人で確認する。
「橋本さんもどうぞ」
爽やかな笑みを浮かべている泉くんに一礼をして、スタジオを後にした。
(気まずい……)
階段を使って、ビルの1階まで下りてくる。
(気まずい、気まずい、気まずい!)
ビルの外へ出て、新鮮な空気を吸い込む。
後ろを振り返っても、泉くんがビルの入り口までやって来る気配は感じられない。
(同じ学校の人と一緒に仕事は気まずい……)
指を、曲げて、伸ばしてを繰り返す。
指を伸ばしたら、また曲げる。
その動作を、繰り返す。
(高校生デビュー、か……)
癖のようになっている、この動作。
この動作を繰り返さなくてもいいはずなのに、私は自分の指が正常に動くかどうかを確かめる。
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