日向と日陰

6/9
前へ
/89ページ
次へ
「お互いに、風邪を引くと大変ですからね」 「っ」  同業者の、泉夏都(いずみなつ)さん。  同じ高校の同じ学年に属する、泉夏都くん。  どっちの顔も知っているからこそ、上手く感謝の気持ちを伝えられているかどうか分からない。  ぎこちない笑顔かもしれないけど、なんとか泉くんに気持ちが伝わるように努めてみた。 「どうかしました……」 「橋本さんの笑った顔が、久しぶりでうれしくて」 「……私、笑えてましたか?」 「はい、無自覚なところも可愛いです」  役者歴は後輩の、泉夏都さん。  年齢は二歳年下の、泉夏都くん。  女性を喜ばせる随分と知っている年下くんに、とても驚かされた。 「橋本さん?」 「可愛いとか言われ慣れていないので……」 「照れている姿も可愛いです」 「……ありがとうございます」  可愛いって言葉は、河原木七春(かわらぎななは)ちゃんのためにある。  私に、可愛いって言葉は相応しくない。  それなのに、泉くんは私に可愛いって言葉を与えてくれる。 「あ、でも、お礼を言われるようなことをしていないというか……って!」  驚いているのは私の方だと思っていたのに、泉くんは大きく驚いてみせた。 「すみません! 制服……」  制服がびっしょりなのはお互い様なのに、泉くんは一方的に私に謝罪をしてくる。 「傘が入手できたので、途中まで一緒に帰り……」 「俺が住んでるマンション、近くなんですけど」  私に提案を持ちかける泉くん。  だけど、途端に我に返ったらしくて、顔が赤く染まっていく。 「って、何もしません! ただ服を乾かした方がいいかなって……」  互いの制服が、雨でとんでもないことになっている。  そんな事情を理解していたからこそ、私は泉くんの好意に甘えさせてもらうことにした。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加