日向と日陰

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「お互いに、風邪を引くと大変ですからね」 「っ」  同業者の、泉夏都(いずみなつ)さん。  同じ高校の同じ学年に属する、泉夏都くん。  どっちの顔も知っているからこそ、上手く感謝の気持ちを伝えられているかどうか分からない。  ぎこちない笑顔かもしれないけど、なんとか泉くんに気持ちが伝わるように努めてみた。 「どうかしました……」 「橋本さんの笑った顔が、久しぶりでうれしくて」 「……私、笑えてましたか?」 「はい、無自覚なところも可愛いです」  役者歴は後輩の、泉夏都さん。  年齢は二歳年下の、泉夏都くん。  女性を喜ばせる随分と知っている年下くんに、とても驚かされた。 「橋本さん?」 「可愛いとか言われ慣れていないので……」 「照れている姿も可愛いです」 「……ありがとうございます」  可愛いって言葉は、河原木七春(かわらぎななは)ちゃんのためにある。  私に、可愛いって言葉は相応しくない。  それなのに、泉くんは私に可愛いって言葉を与えてくれる。 「あ、でも、お礼を言われるようなことをしていないというか……って!」  驚いているのは私の方だと思っていたのに、泉くんは大きく驚いてみせた。 「すみません! 制服……」  制服がびっしょりなのはお互い様なのに、泉くんは一方的に私に謝罪をしてくる。 「傘が入手できたので、途中まで一緒に帰り……」 「俺が住んでるマンション、近くなんですけど」  私に提案を持ちかける泉くん。  だけど、途端に我に返ったらしくて、顔が赤く染まっていく。 「って、何もしません! ただ服を乾かした方がいいかなって……」  互いの制服が、雨でとんでもないことになっている。  そんな事情を理解していたからこそ、私は泉くんの好意に甘えさせてもらうことにした。
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