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「泉さん、あの……」
「ビルの出入り口に立っていた橋本さん、後ろ姿が泣いているように見えて……」
「…………」
スタッフに挨拶を済ませた泉くんがビルの出入り口に向かっているときに、私が目元を拭うような仕草をしてしまったら、それは泣いているようにしか見えないかもしれない。
「雨の中を走れば、橋本さんの涙……誤魔化せると思って、つい雨の中を走ってしまいました……」
ついさっきの出来事。
ついさっき経験したばかり。
それなのに、雨の中を走り抜けたときのことを思い出すと心が揺らされる。
泉くんに手を引かれながら、雨に打たれたときのことを思い出すと心が揺れ動く。
「勘違い多すぎですね……俺……」
「とても気にかけてくれて、助かりました」
頭を抱えている泉くんに顔をあげてもらいたくて、私はなんとか泉くんが落ち込まずに済む言葉を探してみる。
「何かお礼をしたいのですが……」
「お礼なんてそんな……」
「でも……」
「さっきも言ったんですけど、橋本さんを助けたのには理由があって……」
でも、彼が落ち込まないようにするための言葉を見つけるよりも早く、泉くんは私の心を揺り動かすための言葉を与える。
「俺、ずっと前から橋本さんのことを想っていました」
同業者の、泉夏都さん。
同じ高校の同じ学年に属する、泉夏都くん。
役者歴は後輩の、泉夏都さん。
年齢は二歳年下の、泉夏都くん。
「好きです」
交わっているようで、交わっていない人生を送っていた私たちの縁が、雨をきっかけに結ばれた。
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