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第二話 『クズ』らしく
「……」
その時僕は困惑していた。なぜなら今僕は繁華街で、近藤君と買い物をして歩いているからだ。
「どうだ? その服は気に入ったか?」
「う……ん」
「ははは……気にすんなよ? 金なら俺が出すから」
「でも……」
近藤君の笑顔に僕は困惑の表情を浮かべる。それにかまわず近藤君は笑いながら僕に別の服を示してくる。
「お前は顔は悪くないんだから、服とかしっかりすればもっとモテるはずだ」
「そんなこと……、僕は」
「『どうでもいい』か? 駄目だぜ? お前がモテるようになって、友達が増えれば孤立することもなくなって、きっといじめもなくなるはずなんだ」
「近藤君……」
「まあ俺の勝手な思い込みかもしれんが……、それでも彼女の一つでもできれば俺はうれしい」
本当に近藤君は変わった。僕はもう申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「近藤君……」
「はは……今度はこいつを」
「近藤君!!」
「ん?」
僕は意を決して近藤君に言葉をかける。
「僕は……もういいから。もう近藤君の事は恨んでいないし。大丈夫だから」
「……」
「だから……、こんなことをしていたら君は」
近藤君が、その代わりようから彼自身が周囲の昔の仲間から孤立しているのは耳に入ってきている。言っても奴らはいじめ集団なのだ。彼らなら別の生徒を脅迫して近藤君を次のいじめ対象にするぐらいのことはする。
僕が心配そうに近藤君を見つめていると、近藤君は朗らかに笑った。
「なんだ? 俺を心配してくれるのか? 大丈夫だって……俺はするべきことをしているだけだ」
「でも……、このままじゃ近藤君が……」
「昔のツレどもの事か? あいつらの事は関係ない。まあ、いつか俺があいつらのいじめを辞めさせるって思ってはいるが」
「近藤君」
「俺の心配なんてするな羽村……。俺はただのクズだ……」
近藤君はそう言って楽し気に笑った。
◆◇◆
日が落ちて近藤君と一緒に家への帰り道を急いでいると、森部児童公園の前へとたどり着いた。
「……」
「どうした?」
僕がその場に止まって公園を眺めていると近藤君が心配そうに話しかけてくる。
「うん? 何か……思い出しそうになった」
「そうか?! 記憶喪失が治るかもしれんから、公園によってみるか?」
「え……でも」
「いいから」
近藤君は僕の手を引いて公園の中へと歩いていく。しばらくして公園の中央にあるベンチへとたどり着いた。
「なんか思い出したか?」
「……なにも」
「……そうか、すまん」
「なんで近藤君が謝るの?」
近藤君は心底申し訳なさそうに答える。
「まさかと思ってな……」
「まさか?」
「ああ、俺たちがいじめていたのが、お前の精神に影響して、記憶喪失になったのかもって」
そうか……、やっと僕は理解する。近藤君は記憶喪失の原因が自分にあると想っているのだ。だから、それが治るまでは彼の贖罪は終わらないと思っているのだろう。
「もういいよ」
「ん?」
「もういいんだよ!! もう恨んでなんかいないから!!」
「どうした? 羽村」
「このままじゃ僕と一緒に近藤君までいじめにあうだろ?!」
「そんかこと、かまわ……」
「構わなくないよ!! 何考えてるんだよ!! 昔みたいにしていれば少なくとも孤立なんて……」
その僕の言葉に、近藤君は最近ではしなかった怖い顔をした。
「お前は……俺に昔に戻れというのか?」
「そうすれば……」
「俺は……もう昔には戻らないと誓った」
「どうして?」
「……ばあちゃんと。そして俺の命を救ってくれた人たちとの約束だからな」
……と、不意にその言葉を聞いて、激しい頭痛が僕を襲った。さらに、言いようのない気持ち悪さが心の奥から昇ってくる。……これは、後悔?
「うう……」
「おい?! 大丈夫か?」
心配そうに近藤君が僕の身体を支えてくれる。その時、不意に児童公園内に声が響いた。
「ひひほいひひひひひひひひひひひひいひいひひひ……『ぶっ殺す』ぅ……」
「?」
その声の主の方を見るとそいつがいた。
「え? 堀尾?」
困惑の表情で近藤君が彼を見る。なぜなら、いまのそいつは明らかに常軌を逸していたからである。
「けははははははははははは……『ぶっ殺す』ぅ!!」
「な?!」
それはいきなりであった。奇声を上げる堀尾が僕たちに向かって襲い掛かってきたのだ。咄嗟に近藤君が僕を庇い前に出る。
「堀尾!!」
「『ぶっ殺す』ぅ!!」
ドン!!
それは現実ではありえない光景だった。その堀尾の拳で殴られた近藤君が、木の葉のように宙を舞ったのである。
「がは!!」
血反吐を吐いて地面に転がる近藤君。僕は言葉のない悲鳴を上げた。
「羽村ぁ……」
そいつは常軌を逸した血走った目で僕を見る。それはもはや人の姿をしたバケモノであり……、僕はその場に固まることしかできなかった。
「けははは……お前のせいで」
不意に堀尾の顔が怒りに表情に歪む。そして僕の襟首を掴んできた。
「う……が」
「ひひ」
僕は堀尾に片腕で吊り上げられて身動きが取れなくなる。その時……、
「やめろぉぉぉぉぉ!! 堀尾!!」
口から反吐を吐きながら近藤君が僕の下へと走ってくる。それを見て堀尾は……。
「『ぶっ殺す』ぅ!!」
僕を思いっきり近藤君へ向かって投げ飛ばしたのである。僕は……、
そのまま意識を闇へと落とした。
◆◇◆
――燃える燃える紅蓮の炎。
それは深紅の目を持つ炎の鳳。
ああ――、その炎を手のひらで弄びながら、泣き崩れる少年を嘲笑う者がいる。
”本当に馬鹿な奴だ――、君が自殺でもしていればそいつは消し炭になることもなかったのに。”
”すべては君のせいだよ――……くん”
傲慢に泣く者を見下ろすそいつ。そいつが語ったその名前は思い出せない。泣き崩れて――、失った愛犬の首輪を抱いていたのは誰だったのか?
”僕は正義の味方になった――、悪しき呪いの魔眼を持つ者は、僕が滅ぼす――”
ああ――、なんという愉悦――、僕はただいじめられるだけのみじめな存在ではなかった。
一人目は意識せず殺した――、
二人目は期待して願いを込め殺した――、
三人目は――、目の前の泣き崩れる奴に邪魔をされて――、結局生き残りやがった。
世の中のためにならないクソバエどもを断罪しているのに――、奴は邪魔をしたのだ。
”正義の執行”――、僕は選ばれし”正義の味方”。
ただ無為に生きる日々――、
いじめられてみじめに這いつくばる日々――、
全てはこの日のための試練だった。
――だと思っていた。
「そうだ――、僕は、結局騙されて――、愉悦に浸っていた。いじめっ子が焼け死ぬのが――」
――楽しくて仕方がなかった。
ああ――、彼は言った。
「俺の心配なんてするな羽村……。俺はただのクズだ……」
恨みはあったさ――、殺したいって思うのも仕方がない――のかもしれない。
でも、僕は確かに力を得て――、そして、彼らがいじめられっ子をいじめるのと同じように――、
ただ弱いものが嘆くのが楽しかった――。
――そんな僕と――
近藤君と――、
何処に違いがあると言うのだろう?
結局僕は――……、
――と、不意に心の底から湧く何かがあった。
そうだな――、それは決して正義ではない。
弱いものを――嘆く者を嘲笑うのではなく――、
その涙を止めるものこそ――……。
――それこそがきっと――。
その瞬間、僕の心の中で何かがはじけた。
◆◇◆
「『ぶっ殺す』……」
「てめえ……、何考えてるんだ? もしかしてヤクでもやってんのか?」
俺は……『近藤敏明』は、目の前で口から泡を吐きながら荒ぶる堀尾を見つめる。堀尾はただ、『ぶっ殺す』と繰り返しながら俺を睨み返してくる。
「お前、なんでそこまで? なぜ羽村をそこまで?」
「羽村ぁ?」
堀尾は心底つまらないものを見る目で羽村を見る。ならば……、
「まさか……、お前がこだわているのは……、俺なのか?」
「ヶ……ひひひ」
その言葉に嬉しそうに堀尾は笑う。それを見て俺は心底後悔した。
(そうか……それじゃあ、羽村がこいつに絡まれていたのは、俺が原因で……)
俺の心の奥から激しい後悔が上ってくる。羽村を危険な目に晒したのは俺なのだ。
(くそ……やっぱり俺は)
「どうしようもないクズでしかない……」
「そうだな」
不意にその場に突っ伏している羽村から声が響く。
「全部お前のせいだぜ近藤。まさか……心を入れ替えたからって、いまさらいい子になれると思っていたのか? このクズ」
「羽村……」
俺はその羽村の言葉に心を抉られる。そうだ……、心を入れ替えていろいろしたところで、俺が過去にしたことは変えられない。俺は永遠にただの『クズ』でしかない。
「僕は忘れない……。お前がしてきたことを。いくら僕が望んでも、お前は僕を玩具にして遊んで……楽しんでいた」
「ああ……俺は、何を勘違いしてたんだろうな」
「ふふ……やっとわかったか『クズ』。お前は永遠に『クズ』だ、死んだ方が世の中の為だったんだ」
「羽村……」
俺の心を後悔の闇が押しつぶしていく。しかし……、その中でも確かに小さな光があった。
「でもだからとて、このまま羽村をほおってはおけない」
「……はは、馬鹿か? そいつが相手では死ぬかもしれんぞ」
「俺のせいでこうなったんだ。俺が命に代えても羽村を守る」
「本当の馬鹿だなお前」
「いや……俺は、取り戻せないことに後悔して、ただ馬鹿を晒している、ただの『クズ』だ」
「……」
不意に羽村がその場から立ち上がる。そして、俺に向かって……、
「そりゃ偶然だな? 僕もその類なんだよ……。恨みとはいえ、人殺しを肯定したただの『クズ』だ」
「え?」
その羽村の表情には、それまでにない自信が満ちていた。
俺はつい思ったことを言葉に出す。
「お前……羽村……なのか?」
「ああ、僕は確かに羽村誠だ……、ただ昔を思い出しただけだ」
「記憶喪失が? 直ったのか?」
「ははは……まあ、余計な記憶も取り戻したがな」
「? お前は本当に? 羽村なのか?」
その俺の言葉に凶悪に笑いながら羽村は言った。
「この身体ではそういうコトだ……。前世の僕の名は、『蘆屋ど……、いやもうどうでもいいな、それは」
「?」
闇の中、羽村はその瞳を赤く染めて、凶暴な化け物と化した堀尾を見つめる。
「なあ近藤……、これから、お前にも手伝ってもらうぞ?」
……かくして月夜の下で、摩訶不思議な戦いの物語は幕を開けたのである。
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