グリマー

5/6
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「そうかな。自覚はないけど」 「だってあたし、毎回ほとんど槙人の作品を褒めないのに、何回でも持ってくるじゃん」 「葵はちゃんと読んでくれるし、忖度しないで言ってくれるからだよ」  何気なくそう吹き込むと、っ、と堪えた笑い声のような音が聞こえた。少し遅れて、もう一度、葵の声が戻ってくる。 「……そういうところは、あんた、あたしより強いよね」 「どういうことだ」 「他人をすぐに信じちゃう。逆を言えば、信じた相手を絶対に裏切らない強さがある」  お人好しの強みは、一度信じてしまえば行動に躊躇がなくなることだ。昔読んだ本にそんなことが書いてあったけれど、よもや自分がそれに該当していたとは思いもよらなかった。というか僕は普段そこそこ疑心暗鬼だし、葵でなければここまで頼んでいない。  ああ、むしろそういうことを言っているのかな。  のんびりし始めた頭の中で、そんなことを考えながら、葵の次の言葉に耳を傾ける。 「だからこそ、あんたはもっと傷ついたり、つらい思いをしながらでも生きていかなきゃいけないんだよ。でも、一人でそれをするのって限界がある。痛みがわからないと優しくできないけれど、痛いだけじゃ面白くない。誰かと磨き合わないと他人への理解が深まらないし、学べない。それが人間関係だし、登場人物がひとりだけの小説書くほうが難しいでしょ」  今日の葵は饒舌だった。  でも、それはすらすらと言葉を並べている感じではなく、むしろ言葉を手当たり次第に千切っては投げつけてくるような雰囲気だ。そもそもここまで来ると、小説へのアドバイスではなく、人生訓に近い気もしてきた。  いや、違う。人生のように聞こえるけれど、葵はもっと違うことを伝えようとしていないか。何がきっかけかは知らないが。  そういえば、僕は葵に、どんな小説を読んでもらったんだっけ。 「あたしはさ」  ああ、もしかして、それのせいかな。 「昔からそうだったけど、槙人のこと、傷つけたり、怒らせたりすることのほうが多いかもしれない。いつも可愛げのないことばかり言うし。……ただ、あたしはどんな槙人でも拒絶しない」  内容は厳しくても、葵は僕に一度だって「才能がない」「小説なんてやめたほうがいい」などとは言わなかった。僕が自分の気持ちから目を背けることをやめてからも、それは変わらない。  彼女が僕に嘘を言わないから、僕だって彼女を信じたくなる。ただそれだけの話だ。 「きっともっと、楽しくなれるよ」  それだけの話だった。だから―― 「あたしと一緒に切磋琢磨しない?」  僕は初めて、べたべたな青春恋愛小説を書いて、葵に読んでもらったのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!