灯るは星屑

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──ポケットのなかに詰めた星屑。きらきらと瞬くそれを配り歩こうとしたら、肩をつかんで止められた。背の高いお兄さんだった。お兄さんはぼくの肩を掴んで、悲しそうな顔で言った。 「……それは君だけの宝物だ、誰にもあげてはいけないよ。君が誰よりたくさん持っていないといけないものだ」 ぼくは悲しかった。こんな素敵なものをだれかにあげたら駄目なわけがない。ぼくはその手を払って、泣いている女の子にひとかけ差し出した。 女の子は笑った。笑って「ありがとう」と言って、ポケットに星屑を入れた。「ありがとう」と言われたぼくは嬉しくなって「もっといろんなひとにありがとうと言われたい」と思うようになった。 きらきら光る星屑は、まだたくさんある。 ……泣いている赤ちゃんがいた。お母さんは困った顔で辺りを見渡していて、周りのひとはこわい顔をしていた。ぼくはお母さんを助けたくて赤ちゃんに星屑をひとかけ差し出した。 赤ちゃんは笑ってくれた。お母さんは「ありがとう」と言ってくれた。ぼくは嬉しくなって、もっともっとたくさんのひとに星屑を配ることにした。 ポケットのなかからひとつ、ふたつと星屑が消えていく。でもぼくは嫌じゃなかった。そのぶんだけみんなは笑ってくれる、ありがとうをぼくにくれるんだ。 ……寂しそうな男のひとが居た。手には小さな箱が握られている。なんだろう。男のひとの薬指には、きらきら光る指輪がはめられていた。大事なひとが居るんだろうなぁ。ぼくは寂しそうな男のひとに、星屑をひとかけ差し出した。 男のひとは驚いた顔をした。驚いた顔をして、困ったように少しだけ笑った。あれ、あれ。どうしたんだろう。嫌だったかな。 男のひとは言った。 「……それは君のこころのかけらだ。色んな人に配り歩いて、すっかり少なくなってしまってるね」 「いいんだよ。みんな、ありがとうって言ってくれるから。ぼくは嬉しいんだ」 「でも、こころのかけらは減ったまま戻ってない」 「いいんだよ。みんなが嬉しそうな顔をしてくれるから、ぼくは嬉しいんだ」 男のひとは悲しそうに、困ったように笑った。ぼくは不思議だった。なんでそんな顔をするんだろう。 「……こころのかけらを他人に渡して、自分が無くなってしまったひとを俺は知ってる」 「……?」 「いいよ、いいよ、大丈夫だよ。それが口癖の優しい人だったんだ。困ってる人や悲しい思いをしている人みんなにこころのかけらを配り歩く、本当に優しい人だった。俺も一度だけ貰ったことがあるけど本当に綺麗だったんだ。 いま君が持っている、それみたいにね」 「……うん」 男のひとは悲しそうにしている。 「配って、配って、配り歩いて。……あるとき彼女のポケットは空っぽになった。たくさんあった綺麗なこころのかけらは、全部、ぜんぶ無くなってしまった。 他人に配るのはもちろん、自分自身で持っているぶんも無くなってしまったんだよ。それでも彼女は口癖のように言って笑っていた。いいよ、いいよ、大丈夫だよってね」 「……そのひと、今はどこにいるの?」 男のひとは笑った。悲しそうに笑った。 「……遠いところに行ってしまってもう二度と会えないんだ。お別れも言えなかった。 君は彼女にどことなく似てるから心配だ、そのかけらは大事に持っておきなさい。 ──君が君であるために」
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