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 「あれは、2学期の期末テストの最終日の事だった…」  永野は、一人芝居のように饒舌に語り出した。    その日の朝。世界史の暗記で夜遅くまで勉強していた私は、大寝坊をしてしまった。今すぐ着替えて家を出なければ、期末試に間に合わない。私は、急いで制服に着替えて鞄を持ち、目に付く筆記用具を手に取って家を出た。もちろん、メイクも髪も手を付けられず、すっぴん寝癖付きのまま登校して、何とかギリギリ試験開始時間に間に合った。  自分の席に着いて筆箱を出していると、斜め後ろの席から「消しゴム忘れた。誰か貸して」と声が聞こえたので振り返ると、クラスでは一番だが学校内では何とか15本の指にはいるギリギリイケメンの山田君が焦りながら周りのクラスメイト達に聞いている。けれど、誰もが首を振り消しゴムは借りられないようだ。私は今朝、机の上にあった筆記用具をブレザーのポケットに入れた事を思い出し、手を入れてみた。  あった、消しゴム。  そして、筆箱にも消しゴム。  「これ、どうぞ」  「えっ?いいの?」  「2個持ってたから」  「ありがとう」  山田君がお礼を言いながら私に微笑むと、直ぐにテストは始まった。  「ありがとう、永野さん、ホントに助かった。今日は化粧とかしてないから消しゴムを差し出してくれた時、誰だか分からなかったよ。でも、今日の方が話しやすくて、いいね」  山田君の言葉は「キュン」と言うより、「ジワッ」と乙女心を潤した。  その日の帰り道、駅までの道を歩いていると、何やら困った様子の男子を発見した。様子を伺っていると、ローファーの底が取れてしまったらしい。  私はブレザーのポケットに手を入れて、瞬間接着剤を取り出して差し出した。  「とりあえずはこれで何とかなるんじゃないですか」  「えっ?あ、ありがとう」  男子は驚きながらも瞬間接着剤を受け取って、ローファーを補修した。  「ありがとう。でも、何でこんなの持ってるの?」  「たまたま、ポケットに入ってました。昨日の夜、テスト勉強しながらネイルチップにビジュを付けてたので、今朝、持って来てしまったみたいです」  「そっか、でも助かった。えっと?名前は?」  「あぁ、1年3組の永野です」  「えっ?あの永野さん?」  「どの永野ですか?」  「いや、ほら、ギャル姿が痛々しいと言うか、従妹はカリスマギャルなのにまるで下手なコスプレしてるみたいで全然馴染んでない…、あっ、本人」  「私の従妹はたしかにカリスマギャルですので、私は『あの永野さん』になりますね」  「あっ、いや。何て言うか、ギャルの姿より、今日の方が全然無理がないって言うか。いい感じだよ。そう、いい感じ」  「それって、化粧するより、すっぴんの方が可愛いね。って事ですか?」  「そう!それ。あっ、くっついたみたいだ。俺、急ぐから行くわ。ありがとう、永野さん」  男子は名前も名乗らずに駅へと駆けて行ったが、あの爽やかな笑顔は、2年生の№1イケメン男子。  私に手を振って立ち去る姿は、洗い立ての洗濯物のような清涼感を纏っていた。  「と言う事なので、恋に恋する工藤も何か困った事があったら、私に聞いてみればいい。少女漫画のような恋が始まる道具は持っていないが、生活の助けになる物は持ってるかもしれないからな」  表情は乏しいけれど、顎が少し上を向いているので、紛れもなくドヤ顔だった。  やっぱり、永野の話はイラっとする。    
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