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 永野が「持ってる女」になって早一週間。  周りもギャルじゃ無い永野にすっかり慣れ、まるで入学初日からその姿だったように、クラスに馴染んでいた。  ギャルの頃には半径1mに入って来る人はいなかったが、見た目が普通の女子高生になった永野の半径1mには、男女問わず自ら足を踏み入れる人が毎日、一人、二人とやって来た。  「あの、永野さん。お昼にケチャップこぼして、シャツに付いちゃったんだよね。染み抜きとか持って…無いよね?」  「持ってるよ。はい」  永野はブレザーのポケットから染み抜きを取り出して、手渡した。  「わぁ、ありがとう。今日の放課後デートなの、永野さんのおかげで楽しめそう」  「お役に立てて、何よりです。デートも楽しんできてください」  「うん。ありがとう」  クラスで一番可愛い女子は、表情が乏しい永野に花が咲いたような笑顔を見出て教室を出て行った。  永野はその後ろ姿に少しだけ目を細めて見送った。表情が乏しすぎて分からないだろうけど、あの顔は、満足げに微笑んでいる顔だった。  「永野さん、眼鏡のネジが緩んでレンズが落っこちそうなんだけど、精密ドライバー持ってないかな?」  眼鏡男子№1の呼び声が高い、頭も顔も偏差値が高い男子が眼鏡を抑えながら永野に問いかける。  「持ってるよ。はい」  永野はブレザーの内ポケットから小さな精密ドライバーセットを取り出して渡した。  「おぉ!ありがとう。噂通り、永野さんのポケットに何でもはいってるんだね」  「いえいえ、それほどでも。ドラえもんのように便利な秘密道具が出せればいいのですが、私が持っているのは誰もが手にできる物ばかりです」  「それでも、助かるよ。今の僕にとっては、ドラえもんの秘密道具より、永野さんの忍ばせ道具の方が必要だよ」  眼鏡男子№1は器用に眼鏡のネジを止めながら、永野を持ちあげるような会話を繰り広げる。  「忍ばせ道具…」  「そう、永野さんのブレザーのポケットには色んな道具が忍ばせてあって、助けを求める人に無表情でそれを手渡してくれる。まるで、お地蔵さんのようだって言ってるよ」  「それ、誰が言ってるんですか?」  「永野さんが助けた2年の先輩とか、あぁ、そうそう、このクラスの山田とか、他にも助けられた人たちはみんな感謝しながら永野さんの事話してるよ」  「そうですか。私が皆さんの話題の中心なんですね」  「まぁそうだね。僕もその一人になっちゃうよ。直った、ありがとう」  眼鏡男子№1は直った眼鏡を永野に見せると、精密ドライバーを返しながら満面の笑みを向けた。眼鏡を外した眼鏡男子は、少女漫画のお約束通り素顔はもっとイケメンで、永野の周りにいた女子までもざわつかせて、教室を出てった。  「あれ、工藤さん、こんなとこで何してるの?」  廊下から永野を観察していた私は、すれ違い間際に眼鏡男子№1に声を掛けられた。  「えっと、ちょっと永野に用事があって…」  「永野さん。ホントにいろんなもの持ってて凄いよね、じゃ」  眼鏡を取ると更にイケメンだと分かった後の眼鏡男子№1の笑顔は、3倍増しに輝いて見えて、眩しくて眩暈がした。  「おい、工藤。こんなところで何をしている」  眼鏡男子№1の後ろ姿に視線を奪われている私の背後から永野の声が聞こえて、お花畑の中にいた私は一気に、喧騒が広がる昼休みの学校という現実に戻され、気分を害した。  「持ってる女の観察に来たのよ」  「それは、それはご苦労である。私のモテっぷりを観察して、工藤の恋の参考書にするが良い」  また顎が少し上がっているので、ドヤっているのが分かり、増々気分を害される。  「便利に使われてることを、モテるとは言わないんだけど」  「そう見えている内は、まだまだだ」  「はぁ?永野に言われたくないわ」  「今の私と工藤では、立ってるフィールドが違うのだよ」  「はぁ?何?その上から目線がムカつく」  「まぁ、恋に恋している工藤にはまだ分からないだろうが。私は今、モテ期に差し掛かった」  「ドヤ顔でそんな事いっても何の説得力も無いわよ。どうせいつもの都合のいい妄想だから」  「はいはい。まぁ、よーく私を観察して、その真意を確かめたまえ」  モテた事なんて一度も無いのに、今自分がモテているかのような言い回しは、気分を害するを通り越して、飽きれた。  「永野さん。これ、この間借りた消しゴムのお礼」  「山田君。お礼なんてお気遣いは無用です」  「いやいや、お気遣いじゃ無くて。あれ、マジで助かった。ホントはこんなグミじゃ足りないくらいなんだけど」  「いえいえ、お礼の言葉だけで充分です」  「ホント、永野さんっていい人だよね。そうだ、今日の放課後、みんなでカラオケに行くんだけど、永野さんも一緒にどうかな?」  「ご一緒してもいいのですか?」  「もちろん」  「ありがとうございます。では、ぜひ。私、丁度カラオケボックスの割引券を持ってますので」  「イヤイヤそれはいいよ。俺も同じ割引券持ってるから、今日はこれで行こう。じゃ、放課後ね」  山田君はキラキラの笑顔を永野に向けて教室に入って行った。  「おっ、永野さん。今日も瞬間接着剤、持ってる?」  山田君と入れ替わって声を掛けて来たのは、2年生の№1イケメン男子。  「いえ。あの時に切らしたまま、補充していません。すみません」  「いや、なら丁度よかった。これ、新しいヤツ返しとくわ」  永野に差し出されたのは、新しい瞬間接着剤。  「いえ、返してもらおうなんて思ってませんから」  「じゃ、持ってて。俺みたいに必要としてる誰かに使ってやって」  「そうですか。では、お預かりします」  「おう。お礼は旨いもんをご馳走するって事で」  「お礼などは要りませんが、旨いもんには惹かれます」  「だろ?楽しみにして待ってろ」  「はい」  2年生の№1イケメン男子は、今日も洗い立ての洗濯物のような清涼感たっぷりの笑顔で立ち去った。   「これで、少しは理解したか?工藤」   永野は、目の前で起こるベタな少女漫画のような展開を、半開きの口を開けて見ていた私に、顎を突き上げて語った。  「持ってる女は、モテる女なのだよ」  私は悔しすぎて言葉も出ないまま、何も入っていないブレザーのポケットの中に入れた手を握りしめて、心の底の底で小さく呟いた。  モテ期到来、おめでとう!    了     
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