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3.私の好きを終わらせて
「気持ちは嬉しいけどって、断ったの。好きな人がいるからって」
電話越しのマサトの声が湿っぽい。
「そっか」
「アズサはどうだった? 高橋からなにか、言われたりしたの?」
マサトの声が一瞬沈んでからあえて明るくしているように感じられた。
きっと、マサトがケンジくんと2人きりになり大切な話を切り出されたように、私にもなにかあったのだろうと気にしているようだ。
実際、なにかあったといえば大げさだし、なにもなかったといえば嘘になる。私は親友に聞こえないよう電話を遠ざけてから深呼吸をした。
「え? なにも言われてないよ?」
自分が思っていたよりもずっとおどけた声が機械越しにマサトへ流れていく。マサトは一瞬、なにか言いかけたけれどそれを飲み込んだ音がした。それさえも聞き逃せない自分がやっぱり少し嫌になる。
「アズサ」
「ん?」
「アタシ自分のことばっかりだったけど、アズサがもし……もし、高橋のこと……」
「好きじゃないよ」
マサトの遠慮がちな声にかぶせるように言った。抑揚のない自分の声を誤魔化したくて「マサトったら」と笑ってみた。
私の声に追いかけてきたマサトの「遠慮してない?」が微かに安堵を孕んでいる。
「してないよー。私の好みはもっと美人系なんだから。マサトだって知ってるでしょ?」
私は中性的なキャラが売りのアイドルや芸能人をあげてみる。実際、私が好みを聞かれると答える固定のひとたちだ。
画面越しのどんな有名人よりも、幼馴染のほうが綺麗だと本気で思っていることについてはもちろん言わない。
「よかった……もし、そうだったらアタシ、アズサにすごく酷いことしてるって今更気づいたの」
「もし私が高橋のこと好きだったら、マサトから聞いた時ちゃんと言うもん」
嘘じゃない。想像もできないけど、もし私がマサトのことを親友以上に見ていなくて、親友と好きな人が被ったら正々堂々勝負! なんて気持ちにもなれたのかもしれない。どっちが勝っても負けてもふたりは親友。そんな3分クッキングみたな友情物語だったらこの会話もこんなに苦しくないだろうし。
よかった。ってマサトの声が湿っていく。ズッと鼻を啜る音がして泣いてるんだって気づいた。
マサトはなにに安心したんだろう。親友と好きな人がかぶらなかったことか、親友が好きな人と付き合うことになっていなかったことか。
どちらにせよ、マサトが泣くほど安心したのならよかった。
「高橋のこと、そんなに好きなんだ?」
「……そうね。こんなに誰かを好きになったのは初めてよ」
「保育園の先生が初恋だって言ってなかったけー?」
「そういうのじゃないよっ。もうね……どう表現したらいいか分からないの。高橋はノンケだから勝算なさそうだけど、でも好きなのよ」
声を聞いただけでマサトがどんな顔をしているのか想像できてしまう。
きっと真っ白のほっぺをりんごみたいに赤くして、綺麗な目を潤ませて、お気に入りのクッションに突っ伏しているんだろうな、とか。
いいなあ、私もマサトに泣きながら『でも好きなの』とか言われてみたい。
そんな妄想はさておき、勝算ないなあ、って思っている恋がどれだけ辛いのか知っているから、私は自分だったら言ってほしい言葉で親友の背中を押した。
「私の親友がここまで好きって言ってるんだもん。絶対大丈夫だよ。私全力で応援するし」
好きな人以外にこのセリフを言われたい。
そしてあわよくば『やっぱりアタシの一番はアズサよ』なんて言われて『好きな人の好きな人』に選ばれたい。
少女漫画によくある展開だから、漫画から出てきたみたいらしい自分の身に起こってもいいことじゃないかと思う。
けれど、現実はそう甘くない。
私の愛する人の多様性は私のためには一切存在していないから。
私は男の子になりたいわけじゃないけど、好きな人の恋愛対象になれるなら喜んで男の子になる。
「アズサに好きになってもらえる人はきっとすごく幸せ者ね」
「なに突然!」
私が男の子だったら、この言葉に傷つくこともなかったのかな。
『じゃあオレにしとけば?』なんて漫画みたいなセリフが言えたのかもしれない。
「アタシの親友は最高で最強ってことよ」
「褒めてもなにも出ないよー?」
「アズサに好きな人ができたらアタシなんだって協力するから」
「えー。どうかなー」
「なによそれっ」
私は大げさに笑った。
マサトが望むように、私の恋の協力を仰ぐことは一生ないと思う。
だって、きみは男の子が好きなんだもん。
それで、私は女の子なんだもん。
私がこれから男の子になったって、彼が好きになってくれる保証はないし、それが原因で親友ですらいられなくなったら、もう生きていける自信がない。
ピロン、とメッセージの受信音が鳴った。
高橋から『話したいことあるから電話できる?』『話したいっていうか、俺が一方的に伝えたいこと』なんて文章が通知画面に光る。
マサトが告白されている間、私に「俺、アズサちゃんのこと――」なんて言い出したから強引に話題を変えてお手洗いに逃げたのを思い出す。
『ごめん』そう一言だけ送って、私は好きな人との他愛もないおしゃべりに戻った。
「アタシ本当に、アズサと多様性のある時代に生まれてよかった」
いつもの口癖をマサトはしみじみと口にした。
心臓に届きそうで届かない針でじわじわ殺されていくような恋。
始まらないから、終わり方が分からない。
「アタシ高橋に告白する。当たって砕けろっていうものね」
「砕けちゃやだよ!」
「その時はその時よ。だって、高橋はきっと――」
それから先をマサトは言わなかった。
画面が光る。受信音に絶望が乗って表示された。
『アズサちゃんのことが好きです』
思わずそのメッセージを非表示にした。
でもなぜか、全部お見通しみたいなマサトが「高橋?」って聞いてきたから思わず「うん」って言ってしまった。
なんで知ってるのかと思ったら、なんと高橋はマサトに告白について相談していたらしい。しかも今、メッセージで。
マサトは自分の恋心を隠して、好きな人の恋愛相談に乗っていた。
好きな人の好きな人である私と電話しながら。高橋は、私の好きな人になんて酷なことをさせるんだろう。
「告白されたのね」
「うん」
「アズサの気持ちに素直になっていいのよ。アタシはアズサの恋なら応援したいもの」
「ほんとうに違うの。他に好きな人がいて……」
それ以上言えなくなると、マサトはついになにかを感じ取ったようで「ごめんね」とだけ言ってきた。
何に対しての謝罪なのかは聞きたくないし、聞くつもりもない。
たぶん、マサトは私の本当の気持ちに気づいたわけじゃないから。
10年以上一緒にいれば嫌でも分かる。私との親友は私との長くて深い友情を決して疑わない。
私は再度「マサトの恋、応援してる」と伝えた。
ねえ、背が高くて、太陽みたいな男の子。はやくこの子を好きになってよ。
あんなに綺麗で可愛いんだから。あんなにあんたのこと好きなんだから。
気づいてよ。お願いだから。
はやくこの恋に、とどめを刺して。
了
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