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わたしはすこしだけ階段の下で待った。もしかしたらママから呼ばれるかもしれないから。でも、特になにもなくて、いつものように自分の部屋に上がろうとしたとき、リビングから声がとんできた。
「日捺子。ちょっとこっちにいらっしゃい」
ママに言われて、わたしはランドセルを階段の下に置いた。それから、すーはーすーはー、深呼吸を2回、した。わたしはちょっとだけ緊張していた。
こうやって呼ばれるのは、はじめてのことだったから。
靴しか見たことのないおじさん。
おじさんはどんなひとなんだろう。不意に湧く、きょうみとふあん。ドアを開けて中に入ると、おじさんの視線がわたしをじっとりと舐めた。おじさんはソファに座っていた。
「日捺子。こっち。ごあいさつは?」
「はい。ママ」
おじさんの横に座るママが手招きをした。おじさんがかちこち歩くわたしを見てる。わたしはふたりから離れたところで立ち止まった。
「もっとこっちにいらっしゃい」
ママの猫なで声がわたしの背中を押す。1歩、2歩、3歩、4歩……10歩ほど進むとおじさんの正面についた。テーブルごしではあったけれど。
「きみが日捺子ちゃん? はじめまして」
はじめて見るおじさんはママよりすこし年上くらいの、なんかしゅってしたかんじの、おにいさんとおじさんの間くらいの人だった。おじさんはやさしそうな笑顔を浮かべていた。でも名前は、名乗らなかった。
「うん。そうです。日捺子……里中日捺子です」
わたしはぎこちないながらも笑顔をつくって、ちゃんと名前を言った。ママからおとなの人への挨拶は教えられてきたから。かわいい笑顔で、名前をちゃんと言って、すこし子供っぽいくらいでちょうどいいわ。
「もっとこっちおいで」
おじさんが手招きをした。わたしはどうするのがただしいのか分からなくて、ママを見た。ママがうんと頷いたから、おじさんのそばにいくことをえらんだ。おじさんの横に立つと、前においでと言われる。言葉どおりにすると、テーブルとソファの間はとてもせまくて、わたしの足がおじさんの足にぶつかってしまった。ママは優しい顔でほほえんでる。
「今、何年生?」
おじさんがわたしの手を握った。
「四年生です」
「じゃあこんど五年生だね」
「はい」
「もうおねえさんだ」
おじさんが手を握っていない方の手で、わたしの頬をやさしくつまんだ。なんだかいやなかんじがした。こどもの肌はやわらかいね。おじさんが言う。
手、はなしてほしい。
ママをちらりと見る。ママがにっこり笑う。それは、このままでいなさい、ってこと。わたしはしばらくされるがままでいた。おじさんがわたしの腰をつかんでぐいっとひきよせる。わたしはおじさんの左の足の上にまたがる体勢になった。
わたしはママをまた見た。
ママのほほえみは崩れない。
――あ、スカート。
スカートがふとももの真ん中までまくれあがってる。直したいけどおじさんに両手を掴まれててどうすることもできない。おじさんがなにか言ってる。けど、おじさんがとん、とん、と上下に脚をうごかすたびにどんどんまくれあがっていくスカートが気になって、言ってることがまったく頭に入ってこない。わたしは笑顔を頑張って作っておじさんのよく動く口を見続けた。ふいに、おじさんの手がわたしから離れた。わたしは急いでスカートの裾を直す。と、同時におじさんの手がわたしの胸を鷲づかんだ。
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