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 見通しが甘かったのだろうか。  900万円の貯金に胡坐をかいて、田舎に400万の家を買った。500万で生きられると考えた自分は愚かだろうか。自給自足とはいかなくても半農ならなんとかなりそうだと思ったのだが、古民家の修理費用やら食費やら税金やら、出て行くお金ばかり。種を買わなくてはならんし、農業をするには道具だって必要だ。  働きたくなくてこうして田舎に引っ越してきたわけだが、そうもいかなくなってきた。  そろばんを習っていたから暗算は得意のはず。しかし、どこかで俺は人生を見誤った。  記帳をしてきた通帳とにらめっこしても埒が明かない。ちょっと付き合ってきた女と別れるたびにお金を渡してきた自分を呪う。  自分で言うのもなんだけど、頭は良くて顔もよくて、若いときはそれなりにモテた。30を過ぎると結婚を迫る女たちが怖くて、40を機に山の近くで暮らし始めた。今年で42歳になる。物事が行き詰まるのは厄年のせいだろうか。  空気はきれいだし、それを吸っているから心まできれいになれそうではある。しかし、それだけでは生きてゆけない。腹も満たされない。広い家に住めば頭の中も片づいて、すっきり生きてゆけると思ったが、結局はお金の問題に行き当たる。収入を得なくては。  大誤算。  古民家の火災保険が高いのも盲点だった。車は必須だしその分、ガソリンや車検料、雪が降るから冬用のタイヤ代などもかかる。  月にいくらお金が必要なのだろう。残りの寿命で試算をすると、 「うわっ」  と発して、それが今日初めての言葉だと気づいて更にぞっとする。  一人は気楽でいいけれど、時折寂しくもなる。田舎の景色はきれいという言葉では足りないくらいに美しく、自然は稀に厳しい。同意されたいわけじゃないが、ふと誰かと話したくなるときもある。
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