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「ふう」  元気になった迅とささげを収穫する。かがむと腰が痛い。迅は手早く収穫する。 「大きいのは乾燥させて豆を取るから」  と説明しても、いつもさやごと食べているからそれが好きみたい。  隣りに嫌な人たちがいないだけで平和が戻ってくる世界ならいいのだが、遂に小波ちゃんが香織さんの家を出てゆくことになってしまった。 「嫌ならはっきりいえばいいのに。最近じゃ、夕飯用意してくれないとか、磯崎くんと二人で出かけちゃうことが続いて」  うちに来て、毒を吐かれても香織さんの気持ちもわかるから同意はできない。 「だからって、なぜに北海道?」  迅が小波ちゃんに聞く。  少しでも毒が抜けるように、今日はハーブティ。縁側で、秋晴れのせいで汗臭さを気にして小波ちゃんに近づけない。 「鹿が多いから」  まさかとは思ったが、小波ちゃんは真顔でそう答えた。個体数は多くても決まりごとがあるだろうし、期間もこちらと変わらない。  小波ちゃんとはそれきり。  彼女が帰ってから、大きなものに立ち向かう少女が頭に浮かんで、そういうのも書いてみたいなと書き溜める。人の強さや弱さなんて、心のことなのだから見えっこない。  小波ちゃんがいなくなって香織さんは安堵しているのだろうか。それのほうが、ちょっと怖い。 「大人なのにね。割り切ったりできなかったのかな」  迅が言った。 「お前だってまだ22だろ?」  その割に妙に大人びた部分もある。音楽とかしていると幾度も人前に立つことがあるから自分と折り合いをつけるのが上手になるのかもしれない。 「23になりました」  迅が恥ずかしそうに笑う。 「誕生日? 言えよ」 「言いそびれちゃって」 「遠慮するなよ。なにが欲しい?」 「由太郎さん」  歳を取っても、子犬のような目で俺を見る。好きだから甘くなるのだろうか。  ケーキで祝う。  迅との生活をまとめようとも思ったが、やっぱりホラー畑に戻る。想像ではない。迅との生活は現実だ。虚構でもない。 『君との恋について』 『恋すれど』  きれいに仕上げられそうにない。タイトルもイマイチだった。ぱっとしないし、自分の感情だって明確ではない。もう、同性の同棲なんて珍しくない時代なのだ。  人を感動させるのがいい小説とも限らない。今売れているのは窮地に追い込まれたいじめっ子がおじさんを召喚し権力を行使してずぶずぶに解決してゆく話だ。きっと若い人が書いているのだろう。おじさんに片足つっこんだ人間には書けない。  伸びた髪を切りに行くのが面倒で、後ろで束ねる。迅が、 「似合う」 と言ってくれる。 小説に煮詰まったら畑を耕す。いいサイクルだ。  ヤギの鳴き声がうるさいのが難点だ。昔だったら届出の必要もなかったのだろう。  迅も髪が伸びた。庭で少しすいてやる。 「由太郎さんにされるとドキドキする。嬉しいけど」  器用じゃない俺は伸びた毛先を整えてやることくらいしかできない。臆病者だからバッサリ切れないし、迅に叱られたくないし、迅をおかしな髪型にもしたくない。  人の頭の形って自分とは違うなといつも思う。女の人でも違うし、迅は電球のような頭をしている。
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