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 時を同じくして俺の父と迅の母親から金の無心があった。うちの父は投資に失敗し、迅の母は離婚したそうだ。お金ってどうして人を変えてしまうのだろう。 「父親から母には金を貸すなと連絡があった」  迅が言った。 「迅のお母さんまだ若いんだっけ? 離婚なんて大変だろうに。しばらくこっちに来てもらっても…」 「僕、自分のこと話してないんだ」  この生活から俺らの関係を隠すことはむつかしいだろう。  俺は父に金を送るか、迷った。迷っているうちにいつもの怒鳴り口調ではなく、低姿勢で電話が来た。母さんと姉さんには話していないらしい。 「だったら俺もそんな投資話、信じられない」 「取りに行ってもいい」  来られては困る。間違いなく父の電話番号だし、父の声だ。詐欺を疑ってはいない。  ぎこちない関係になってしまった。父の手が小さいときは大きくて好きだった。今は俺の金を無心するような男、父とも思いたくない。  お金は生きるために必要。だから働く。親に金を渡したら、少しは大人になれたと感じるのだろうか。  預金は増えつつある。迅のおかげ。それを父に渡すのは、なんか違う。しかも、迅と暮らすのは楽しい。小説もまた書けている。  邪魔されたくない。育ててもらったのにそう思う。  突き離したら父からの連絡はなくなった。でも、こういうときずる賢くこっそり姉にだけ連絡を取ってしまう。 『OK。それとなくやっとく』  姉の夫は銀行員だから、きっと父の口座を盗み見てくれるのだろう。真実であっても、姉がどうにかしてくれるはず。  近くに住んでないからと言って心配だ。ここは、後藤さんの子どもらを見習おう。親だろうと断ち切る。  うちはそれで丸く収まったが、迅のほうは話をしたがらない。まだ夏野菜が取れるのに、大根やカブを植える準備をする。たまに迅がスマホを見る。連絡が来ているのだろうか。 「迅のお母さんから離婚理由を聞いたの?」  ごはんを食べながらそれとなく尋ねる。 「いや。でもお金じゃないかな。あの人、お金好きだから」  と冷たく言い放った。 「迅のオーボエ、他にも実家にあるんだろ? それ売られちゃうんじゃない?」  前に聞いた話では、それなりの値段なのだろう。 「練習用のオーボエは安いし、そもそも家にあるのは親が買ってくれたものだから売られても構わない」 「そうか」  ほぼ毎日、夕立だ。 「昔はこんなじゃなかったよね?」  なんて、迅に言ってもわからないか。 「そうだね」  と同意してくれる。  迅がどうして俺を好きなのかわからない。最初はそんなに俺を好きだとは思わなかった。この生活が気に入ったから俺を好きだと思い込んでいるのかもしれない。俺だってそう。 「俺が死んだら本は売っていいよ」  金になりそうなものはないけれど。 「由太郎さんの本にサイン書いといて」 「ゴッホじゃあるまいし、死後に高値になってもな」  自分で使えない金なんて無用の長物だ。 「僕が有難く使うよ。ヤギとクロ子も死んだら、猫でも飼うよ」 「猫に俺の名前はつけないでくれよ」 「それ名案。ずっと由太郎さんと暮らしてる気分になれる」  迅を抱き締めるとほっとする。外は大雨だし、家族からの連絡はウザい。生きることは苦痛なのだろうか。 「迅…」  迅のキスで窒息して死ねたら、それは幸せなのだろうか。迅に痛くされて、気持ちよくされて、それなのに、 「由太郎さんこっち見て」  とせがまれる。 「無理」 「よがって、よだれ垂らして、そんなに気持ちいいの?」  迅の言葉攻めはぬるい。それが心地いい。 「迅、もう少し、ゆっくり」 「だらしないね、由太郎さん」  事を終えたあとで、迅に胸毛の白髪を発見される。正直、ショックが隠せない。それを迅がにやにや笑う。 「迅だっていつかそうなるよ」  20年後くらい先の話。 「僕、胸毛ないもん」 「乳毛あるじゃん」  迅が好きだとは断言できない。でも一緒にはいたい。迅の乳毛が白髪になるまで一緒にいられたらいいのだけれど。  もう雨はやんでいた。雨が降っていると迅の寝つきが悪いから、知らず知らずにほっとする。
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