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「ウロロロロォォォ」
トカゲが大地のうなりのような低い鳴き声を出す。口がうっすら開き、そこからよだれが垂れている。サッカーボールよりも大きな目玉は灰色ににごり、めまぐるしく動いている。
今まで手のひらサイズのトカゲなら何度も見て慣れていたが、木をなぎ倒すような巨大な大きさに、私はたじろぎ、震える手をぎゅっと握った。
「ガマー。魔獣から珠樹様を守るんだ」
フランツが叫び、「はいよ」と、小太りのガマーが私の真ん前に立つ。
「ガリ、ブラッド、私と一緒に魔獣を倒すぞ」
長身のブラッドは、手に縄を持っていた。低い身長のガリは、斧と盾を構えている。でこぼこの身長の二人が同時に、「はいよ」と答える。
「ヴアアアアア」
魔獣の鳴き声が空気を激しく震わし、私はのけぞりそうになる。フランツや他の三人は、ひるむ様子もなかった。しばらく、お互いに動きはなく、にらみ合いが続いた。
その時、魔獣の長い尻尾が、ムチみたいに右に左にしなりだす。近くにあった木に尻尾を絡めたかと思うと、その木が根っこから引き抜かれた。
「ヴアアアアア」
尻尾によってその木を高々と掲げたかと思うと、フランツたちの方へとその木を投げつけた。フランツと二人は後ろに飛び、ちょうど避けたところにトカゲの投げた木が突き刺さった。地面深く刺さる木を見て私はゾッとする。
あんなに勢いよく木が飛んできて、まともに直撃したら、鎧すらも貫いてしまうかもしれない。ぎゅっと握った私の手には、いつしか汗が湿っていた。
「ガリ、ブラッド、私が正面で相手をするから、その間に後ろに回って尻尾を切るんだ」
「はいよ」
フランツの指示を受け、ガリとブラッドはゆっくりと距離を取る。
「さあ、魔獣よ。お相手願おうか」
フランツは背中の剣を抜く。長い剣身はよほど磨かれているのか、日の光を浴び、まぶしく輝いていた。
魔獣に向かって、彼はじわじわと距離を詰めていく。もうすぐ剣が届くかというところで、魔獣の口が大きく開いた。
「ヴワアアア」
その口から飛び出てきたのは、紫色の液体だった。フランツはさっと横に飛ぶ。紫の液体は、地面に生えた草にかかった。それらの草は、煙を出しながら溶けていた。
毒? 酸? 吐き出した液体の正体は分からないが、あの紫の液を浴びると大変なことになるというの分かった。
「ヴワアアア」
魔獣は彼に向かって、何度も紫の体液を浴びせかける。しかし、フランツは軽やかな足取りで右に左に飛んで、かわしていく。
「ふん」
こっそりと魔獣の背後に回り込んでいたガリが、尻尾に向かって縄を投げる。縄は尻尾に巻き付いた。
「おらあ」
ブラッドが尻尾に向かって飛び掛かり、頭上に掲げた斧を振り下ろす。鈍い音をたてて、尻尾は本体から切り離された。
「ブギャアアアア」
魔獣がその場にのたうちまわりながら、大きな声を出す。
「さあ、魔獣よ。自慢の尻尾もなくなった。お得意の毒も全てかわされる。もう勝ち目はないぞ」
フランツが距離をさらに詰めると、魔獣はじりじりと後ずさる。そして、くるりと振り返り、逆方向に走り出す。
「逃がさないぞ」
林の方へと逃げる魔獣をフランツが追いかける。もう少しで追い詰めようかという状況だったが、私はそこであることに気付いた。切れたはずの尻尾が、もぞもぞと動いているのだ。もしかして、本体から離れても意識を持っているのだろうか。尻尾は一つの生命体であるかのように、ぐいと先っぽをもたげて、魔獣を追うフランツの背中に襲い掛かる。
「フランツ、危ない!!」
私は大声で叫んだ。
しかし、尻尾は、フランツの背中に突き刺さる直前で、動きが止まった。しばらくして、尻尾は、輪切りにされたソーセージみたいにばらばらになった。
私はぽかんとなって、その様子を見ていた。ただそこには、剣を片手に凛々しく立っているフランツの姿があった。
「安心してください、珠樹様。フランツ様には、後ろにも目がありますから」
隣にいるガリが言った。どうやらフランツが、後ろ向きのまま、襲ってくる尻尾を切り刻んだようだった。後ろに目があるなんて、そんなことがあるのだろうか。私は首をひねる。
「ガリ、そろそろ仕留めよう。炎をくれ」
「はいよ」
ガリはそう答え、大きな瓶を取り出す。その瓶の中には、琥珀色の液体が入っていた。
「珠樹様、離れていてください」
私はさっとガリから距離を置く。彼は、瓶の中の液体を口に含んだかと思うと、鎧の中から黒い石を二つ取り出す。
「さあ、頼んだぞ」
フランツはそう言って、ガリの方に向かって剣を差し出す。
ガリが持った黒い石は、素早くこすられて、小さな火が起きる。彼が火に向かって液体を吐くと、大きな炎が現れ、フランツの体を包む。
「ちょ、ちょっと」
フランツの体を包んでいた炎は、いつしか彼が手に持った剣に集まっていた。燃え上がる炎が、周りの空気を瞬時に熱くする。
フランツは炎がまとわれた剣を魔獣に向かって一振りする。炎が空気を伝わり、魔獣の胴体に燃え移った。
「ヴギャアア」
全身が燃え上がり、その場でのたうちまわっていた。フランツは魔獣に向かって走ったかと思うと、その顔を踏み台にして、胴体へと飛び乗る。そして、剣を高々と振り上げた。
「永久なる魂に祝福あれ」
呪文のようにそう唱え、トカゲの背中に剣を突き刺す。
「ギャアアアアァァァ」
トカゲの全身から、大量の白煙が上がった。やがて、その姿は、跡形もなく消え去った。
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