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4.一角獣
私たちは変わらず、草原を走っていた。太陽は沈み始め、ずっと向こうの山脈にもうすぐ隠れそうだった。
私はついさきほどの魔獣との闘いを思い出す。巨大な体のトカゲの魔獣、木を投げつけたり、毒を吐いたり、もしも私が一人で出会っていたらどうなっていたかと想像すると、体がぶるっと震えた。
「フランツ」
そう呼びかけると、「何でしょうか」と彼はすぐに答える。
「ああいった魔獣は、これから何回も出くわすのかな」
「そうですね。こうやって進んでいけば、一日に一匹や二匹は出くわすでしょう」
「そっか」
私は肩を落とす。すんなりと山まで行けるのだろうという私の考えは、あまりに甘かったことに気付いた。
「安心してください。どんな魔獣が出てきても、私たちが倒しますから」
「うん」
私はフランツの腰に回している手にぎゅっと力をこめる。鎧越しであっても、彼のたくましい体は感じられる。しかし、だからといって不安が全て消えるわけではない。
「見えましたよ。あれが白馬の里です」
進行方向の先に目を向けると、オレンジ色の花畑があった。その先には、小屋のようなものがぽつぽつとある。
「花がいっぱい植えられてるね」
「はい。あの花はカレンデュラです。カレンデュラの匂いは魔獣が嫌がり、この里に魔獣が入り込むことはありません」
魔獣が入り込むことはない。その言葉にほっとする。少なくともこの里にいる間は、魔獣に襲われることもないわけだ。
花畑には、里に入るための小道があった。私たちの馬は、その小道をゆっくり進んでいく。
咲き乱れる花の中、何か動物がいるのが見えた。また魔獣が現れたのかとドキリとしたが、その姿は、トカゲのような禍々しい姿とは程遠く、美しかった。白い毛並みの馬、きりっとした黒い目が、こちらをまっすぐに見ている。額には、鋭くて、長い角が生えている。
私が見とれていると、「どうかしましたか」とフランツが言った。
「あっちに白い馬が……。あれ?」
少し目を離したすきに、先ほどの白馬はいなくなっていた。
「あれ、さっきまでいたんだけどな。すごくきれいな白い馬だったよ」
「ふふ。大丈夫ですよ。里の方に行けば白馬はたくさん見ることができますから」
花畑を抜けた先にあったのは、広い牧場だった。そこにはフランツが言う通り、たくさんの馬がいた。走り回っていたり、草を食んでいたり、それぞれがのびのびと過ごしていた。しかし、さっき見たような角のある馬はいなかった。
「フランツ様、ようこそお越しくださいました。本日はどういったご用件でしょうか」
馬小屋の前まで来たところで、麦わら帽子をかぶった色黒の男がこちらに近寄る。
「今日は五人、ここに泊まらせてほしい。マウントローズへ向かうんだ」
「なんと、あの山へ。もしかして……」
「予言の少女が現れた。この子がそうだ。珠樹様だ」
「本当ですか。それは嬉しい。私でよければ何でもお手伝いさせていただきます」
日に焼けた黒い顔がパッと明るくなった。
「ここでは食べ物が豊富ですから。チーズからソーセージ、ほしいものがあれば何でも言ってください」
彼がぐんぐんと近づいてきて、私は「ありがとうございます」と控えめに答えた。
「あ、そうだ。花畑の近くに、角のある馬がいたんですけど、あの馬はここにいる馬とは違うんですか」
私の質問に、彼はきょとんとした顔を見せる。
「角?」
「はい。額のところに、長い角がありました」
私の言葉に、彼はニコリと笑みを見せる。
「頭に大きな角がある白馬、それはユニコーンと言われています」
「ユニコーン?」
「ええ。この世界をわたり歩き、悩める者を救う、神聖な動物です。けれども、ユニコーンは伝説上の生物であり、実在しません。きっと見間違えたのでしょう」
「はあ」
私はあいまいに返事する。角が生えている白馬、はっきりと記憶に残っている。見間違いのはずはないと思うけど、そんなことを考える。
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