ゆきやま、ゆきやま。

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 氷の下に閉じ込められた女は、押しつぶされた痛みと寒さと恐怖でじわじわ追い詰められて死んでいくことになった。男の名を、何度も何度も、助けて助けてと呼びながらな。しかし、男は記憶を奪われて、女が一緒にいたことさえ覚えていない。何かおかしいと思いつつも、そのまま下山してしまった。哀れ罪のない人間の女は、そのまま氷の下で冷たくなることになったわけだ。  それ以来、山にカップルや夫婦で入ると、必ず女の方が行方不明になったという。  地元の人は神話を思い出して震えあがった。この山の女神は、かつて愛した人を失った悲しみから、幸せな恋人が許せない存在になってしまったのだと。だから、仲の良さそうなカップルを見かけると女の存在を消して、惨たらしい苦痛を与えると。  以来、暗黙の了解で、この山には冬の時期に恋人同士や夫婦では絶対入らないことになっているし、なんなら女性自体、個人だろうと女だけだろうと入るのは勧めない――なんてことになってるらしい。 『お前さんらもさっさと下山した方がえ。山の神さんは怖いもんでな』 『信心深いんですねえ、今のご時世に』 『ばかもん。今のご時世だからこそ、神さんを忘れたらあかんのや。ええか、言うことは聞いておくに越したことはないぞ』  そんなこと言われても、既に時刻はもうすぐ午後三時ってなもんだし?ここから強行下山するのは危険すぎる。  ああそうだ、山ってのは、日暮れになったら絶対に動いちゃいけないんだよ。なんなら“日が暮れそう”なタイミングで小屋に留まらないといけない。特に秋や冬は、日が暮れるのが早いからな。  とりあえず俺は小屋に泊ることにした。他の登山者の人達も気さくで、一緒に酒飲んだりして盛り上がったもんさ。花や色気はないが、男だけってのもなかなか気を使わなくていいもんだ。  その夜、俺は小屋が微かに揺れていることに気付いた。小さな地震だろうと思ってその時は気にも留めず、そのまま寝ちまったんだけどな。  朝起きて気づいたよ。  なんと、小屋のすぐ近くの道が、雪崩で埋まっちまってるんだ。それは、山に登る方の道だった。小さな雪崩だったが、到底先に進めるような状態じゃなくなっちまってた。倒木もあったしな。  ああ、雪崩ってのをナメちゃいけねえ。  本当に、ものすごい速度で斜面を駆け下りていくんだ。ああ落ちて来た、なんて思った時にはもう遅い。木も人も、何もかもなぎ倒して押しつぶしていく。まさに自然の驚異。雪崩に巻き込まれて生き埋めになって生還した人もいるが――まあ運が悪いと全身複雑骨折の上、雪に埋もれて窒息死か凍死ってやつだろうなあ。そんな死に方したくないなら、絶対雪山をナメちゃいけねえぞ?
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