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やがて俺は、公園にたどり着いていた。俺は自転車を止めて、辺りを見渡す。一度も来たことのない、広い公園。幼い子供から老人まで、各々が青空の下で穏やかな日常を謳歌している。だがやはり、俺の心は穏やかではない。
俺は自転車を下りて、行く当てもなく公園を徘徊し始めた。家に帰りたくない。家族に合わせる顔がない。もういっそ、老衰で死ぬまでこの公園を延々と散歩していようか──と馬鹿な考えを巡らせていた矢先、突如視界に映り込んだものに、俺は戦慄した。公園の奥、俺の進行方向に広がる池。そのほとりには、皮肉にも見事に咲き誇った桜の木があった。
刹那、一気に溢れそうになった涙を、なんとか堪えた。桃色の花々は、無機質な公園の風景に、華やかな色を添えている。綺麗だ。まるで、俺の醜さを引き立たせて、俺を嘲笑っているみたいだ。この世の不条理を呪いながら、俺は激しく身悶えした。
そんな時、ふとポケットに手を入れると、何か小さなものの感触を覚えた。取り出してみると、それは小さなお守りだった。その純白の生地の上には、金色の文字で『学業御守』と記されている。
そういえば、試験の少し前、両親が京都の北野天満宮へ合格祈願に行っていた。両親はそこでお守りを買って、試験当日の俺に渡してくれたのだった。家族の、俺への応援と期待の結晶。それが今、俺の手の中にある。そのこと自体が耐えがたいほど苦しい。
いつしか、俺の行き場のない暗澹たる感情は、学業成就の四文字に向けられていた。言葉に出来ない衝動が、腹の底から這い上がってくる。
俺は池のほとりで、悄然と佇む。
お守りを握る手の力を、そっと緩めた。それは、手のひらを滑り落ち、音もなく池の面に落下する。ぷかぷかと波面に浮かぶお守り。結局、こんなものには何の意味もなかった。むしろ今となっては、持っているだけで悲しくなる代物だ。
俺は静かに、池を後にした。今度は、どこへ行こうか。ペダルを漕ぎながら俺は、そんなことばかりを考えていた。
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