葡萄畑を耕していた理由

16/16
前へ
/195ページ
次へ
 夜になって聖堂を辞した後、ネーヴェは深い溜め息を吐く。一日掃除しただけなのに、三日三晩大掃除したようにどっと疲労した。たった一日で色々なことが分かり、頭の中も混乱気味である。  聖堂の外で待っていたカルメラは、不思議そうだ。 「姫、何か疲れた顔してるね」 「そう見えますか」    まさかシエロが天使様だったなんて。カルメラにも、誰にも打ち明けられない秘密だ。  王子から婚約破棄された只の女のネーヴェと、天使の身分を隠して葡萄畑を耕していたシエロが偶然出会った。二人は、身分や立場と関係の無いところで、素の自分をさらし、それを受け入れてくれる相手を知ったのだ。  本来の身分では、親しく会話するなど、あり得ない話だ。  聖堂で再会した時、シエロはなんと言っていた?  お前に王になって欲しい訳ではないが、そうでなければ……  そうでなければ、会うことも出来ない。  そのことに思い至り、ネーヴェは頭を抱えた。 「キープするのが、難し過ぎますわ……」 「?」     心配そうにするカルメラに、何でもないと言い、疲れたからと早めに寝台に入る。  こっそり、シエロにもらった白い羽のペンダントを取り出して眺めた。  自分の羽をむしったのか。どうやって?  最初に会った時、葡萄畑を耕していたのは友人である初代国王との思い出のためか。それにしては真剣に葡萄の実を摘んでいた。彼は天使でも変わり者なのでは無いだろうか。  摘果について、人間の選別をする是非を聞かれたことを、思い出す。  ネーヴェが答えたことは、婚約破棄の前にエミリオと言い争った時、自分が欲しかった言葉だった。エミリオは村を水の底に沈めたことを責めたが、本当は彼に「つらかったな」と共感して欲しかった。  ただ、それだけだった。  とりとめなく思いを巡らし、ふと重要なことを思い出す。 「……髪を結う約束なのに、忘れてしまいましたわ」    諦めるのはまだ早いと、急に気が軽くなる。  きっと、約束があるから、また会える。  そう気付くと途端に安らかな眠気が襲ってくる。ネーヴェは彼の誠実さを疑っていなかった。
/195ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1973人が本棚に入れています
本棚に追加