恋心の自覚

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恋心の自覚

 地下から葡萄酒を見付けた、その数日後。  国王陛下との謁見の日取りが決まり、ネーヴェは少数の護衛と共に、王城に(おもむ)いた。  長い廊下を歩いて何回も取次の者に挨拶し、謁見の間に進むと、予想よりも多い人数が待ち構えていた。  壇上の玉座にいる国王、書記官はともかくとして、外務長官に法務長官。そして……宮廷付司祭の隣に立っている、淡い金髪に深海色の瞳の男。  ネーヴェは、驚愕を顔に表さないよう、気を付けねばならなかった。なぜシエロが同席しているのだろう。 「顔を上げよ、クラヴィーア伯爵令嬢。このたびは、拙息の愚行により、守るべき民を苦しめたこと、真に申し訳なく思う。クラヴィーアの民は、大事ないか」  驚いたことに、国王はすぐネーヴェに謝罪をした。   「お気遣いに感謝いたします、陛下」    ネーヴェは優雅に会釈(えしゃく)し、王に恭順の意を示した。エミリオの行動を指摘して親バカを(ののし)りたいところだが、相手が正しい王らしく民を気遣っているので、これ以上は突っ込めない。  国王は重々しく頷き、エミリオを捕縛した件の罪は問わないと約束する。  そして、途中でころりと話題を変えた。 「ときに、ネーヴェよ。そなたは(ちまた)で聖女と呼ばれていることは知っておるか」 「は……? 私が聖女でございますか」 「そなたは、天翼教会と協力し、見事リグリス州の災厄を食い止めたそうだな」    戸惑っていると、宮廷付き司祭が穏やかに言った。 「はい、陛下。氷薔薇姫様は、我々に民を救う方法を教えて下さったのです。それどころか、直接オリーブ農家に足を運ばれて、魔物が来ない事を確かめておられました」    オリーブの育て方が知りたかったという個人事情は、言わない方が良さそうだ。 「大司教聖下も、氷薔薇姫様に感謝の意を表すため、今日この場においでになったのです」    司祭は、シエロの言葉を代弁しているらしい。シエロは偉そうに黙っている。  それにしても、シエロは表向き大司教位ということになっているのか。彼と目が合いそうになって、ネーヴェは慌てて視線を逸らした。 「のぅ、ネーヴェ。そなたに頼みたいことがある」  いきなり国王が猫なで声で話し掛けてきたので、ネーヴェは失礼ながら気味悪く感じた。   「な、何でしょう」 「そなたが真の聖女なれば、南の怒りを(なだ)めることは容易(たやす)かろう。どうか余の代わりに、フェラーラ侯の話を聞いてやってくれんか」    南のフェラーラ侯は、反乱を起こそうとしている噂だ。  ネーヴェは、国王が厄介事を自分に押し付けようとしていると、ピンと来た。 「陛下、私は只の伯爵令嬢にございます。フェラーラ侯は、私のような小娘の相手はしないかと」 「そうかな。余の名前を使うことを許すとしても?」    どうしようかと、ネーヴェは思案する。  ふと、シエロと目があった。彼は不快そうな様子だったが、ネーヴェを見て片方の眉を微妙に上げる。あれは、ネーヴェに「どうする?」と聞いている表情だ。共に旅館経営をする中で、シエロとアイコンタクトをする機会があり、彼の考えは何となく分かる。  自分の好きにしてよいのだ。そう気付いた途端、ネーヴェの腹は決まった。 「……他ならぬ陛下の御言葉とあれば、承りましたわ」    不敵な笑みを浮かべ、立ち上がる。  どのみちフェラーラ侯とは、商談をしたいと考えていた。国王陛下のお墨付きがもらえるなら、それに越したことはない。
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