恋心の自覚

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 謁見の間を出た後、宮廷付司祭がネーヴェを呼び止めた。  間近で見た宮廷付司祭は、存外に若い男だった。  彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。 「氷薔薇姫様、聖下の相手をしてやってくださいませんか」 「は?」 「先日は葡萄酒お裾分けありがとうござっした~。さ、行きましょ」    砕けた口調で、ネーヴェを誘ってくる。 「いったいどこへ」 「城勤めだと、昼食をどこで取るか問題でして。食堂でサンドイッチをもらって、よく城内をうろうろするんですよ」    若い宮廷付司祭は、王城を出る手前で、物見櫓の一つに登り始めた。誰も彼の行動を咎めない。  螺旋階段を登ると、その先には空が広がっていた。  秋の冷たい風が、ネーヴェの銀の髪を巻き上げる。  その風の吹いてくる窓辺には、シエロが佇んでいた。  謁見の後、別々に広間から退去したが、彼は先にここに来ていたらしい。 「連れて来ました、聖下~」 「アドルフ、お前はもっと敬いを身に付けろ」 「めっちゃ敬ってますって。聖下は俺の恩人ですから。じゃあ、ごゆっくり~」    ネーヴェの背中を押し出すと、アドルフという司祭は、一人で階段を降りて去っていった。  目の前には、シエロだけがいる。  二人きりだ。 「……フェラーラ侯をどう説得するつもりだ。やけに自信ありそうに請け負っていたが」    何を言おうかと悩んだが、先に口火を切ったのは、シエロの方だった。  内容は、先ほどの謁見の話だ。 「私、先代フェラーラ侯のバルド様と知り合いですの。きっと助力いただけますわ」 「ああ、レモンソルベのお代わりを注文したご老体か」  ネーヴェの返事に、シエロは思い出したと頷く。  リグリスでの旅館経営で、先代フェラーラ侯バルドは、お忍びで宿泊に訪れたのだ。シエロもちらと顔を合わせていた。 「先代が味方に付いたとしても、今のフェラーラ侯を説得できる確証はあるまい。失敗すれば、それを理由にクラヴィーア伯爵を(おとし)め、お前を(めかけ)にしようとする奴も出てくるだろう」    王子の婚約者という盾がなくなり、追放も取り消され、ネーヴェは自由になっている。しかし、女性を家同士の贈答品や格付けにしか考えていない貴族連中は、これを機にネーヴェを得ようとする者も現れるはずだ。  美しく、賢く、民衆に好かれる氷薔薇姫。  妻にして領地を任せれば、労せずして富と栄誉が手に入る。   「そうなれば、今度こそフォレスタを出て行くだけですわ。愚かな男たちは、誰も氷の花を手折(たお)ることはできないと知るでしょう」    誰にも膝を折るつもりがないと、ネーヴェは答える。  そして、シエロを鋭く見返した。 「シエロ様こそ、ご自身を(かご)の鳥だと思ったことはございませんか? あなた様の優しさが利用されるのみであれば、僭越ながら私が自由にして差し上げますわよ」
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