恋心の自覚

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 聖堂の一件で、シエロが天使だと気付いた時に、ネーヴェは彼がひどく不自由な身であることを知った。  この国を守ることが彼の義務であり、責任であり、そこから逃れることはできない。配下である天翼教会の司祭たちはシエロを守っているようで、彼の恩恵を独占するために束縛している側面がある。  そして、彼の恩恵を甘受しているがゆえに、誰も彼にこう言わない。  嫌になったら国を捨てて自由になっていいのだよ、と。  あるいは、そんなことを言うのは不敬と思われると、誰もが畏れて言葉にしない。だがネーヴェは、許されるという確信があった。モンテグロットで彼女が一緒に国外に出ないかと誘った時、彼はその誘いが自分にとって僥倖であると言っていたからだ。 「……痛いところを、突いてくれるな」    シエロは自虐的な笑みを浮かべたが、それはどこか好戦的な笑みにも見えた。 「それにずいぶん(あお)ってくれる。確かに、(かご)の鳥のように見えるかもしれんが、俺にも翼と誇りがある。自分のことは、自分で決めるさ」 「過ぎたことを申しました」 「構わない。耳に心地よい言葉だけを欲している訳ではないからな」    言い過ぎたかと謝罪すると、シエロは穏やかに言った。 「気を付けろ。フェラーラ侯の件もそうだが、お前は有名になりすぎた。魔物の虫を放った者も、姿を隠したままだ」 「やはり、今回の災厄は、人が起こしたものですか?」 「そうだ。この国は天使によって守られていているから、ふつうは魔物が入ってこない。にも関わらず魔物が発生するのであれば、それを招いた者がいるということだ」    彼の言葉は、いくつもの示唆(しさ)を含んでいる。  ネーヴェが正体に気付いていることを前提に、彼にしか知りえない情報をいくつも提示してくれている。急ぎ王都に来ているはずのアイーダと合流し、情報を整理したいと、ネーヴェは思った。   「俺が話したかったことは、それだけだ」 「ご助言と警告、感謝いたしますわ」 「……本当に分かっているのか。お前は何か思いついたら、危険を気にせずそのまま突っ走るだろう」    シエロは半眼でネーヴェを見る。  何を心配されているのか分からないと、ネーヴェはそっと視線を逸らした。 「ご用件は終わりでしょうか」 「そうだな……」  このまま別れるのは味気ない。二人は言葉を探して、しばしその場に佇んだ。  考えながら、窓の手すりに近寄る。  塔の壁は石積の層が剥き出しになっており、窓と言っても四角にくり貫かれているだけだった。部屋の棚には(いしゆみ)があったから、有事には兵士がここから矢を射るのだろう。  しかし、今のフォレスタは戦争をしていないため、ここに待機している兵士もおらず、王城の警備は厳重ではない。だからこそ、ネーヴェがここにいても咎められないのだろう。  二人は並んで窓辺に佇み、風を感じた。  秋の紅葉に染まった樹海と、大勢の人が行き交う城下町を見下ろす。王城は高台にあるので、良い眺めだ。 「それで。俺の正体は分かったか?」 「何のことだか、さっぱり分かりませんわ」    天使様だと認めて(かしこ)まってやるのは(しゃく)なので、ネーヴェは知らぬ存ぜぬを貫き通した。
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