恋心の自覚

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(※ラニエリ視点)  魔物の発生原因が分かったと、ネーヴェから手紙が来た。  それを読んだラニエリは、真っ直ぐ父親であるマントヴァ公ロタールの元に向かった。 「父上、一体どういうことですか?!」    行儀悪く音を立てて扉を開く。  書斎には、父ロタールともう一人、禍々しい黒いローブを着た男がいた。 「そいつが災厄の元凶だ。なぜ我が家で匿っているのです?!」  魔術師ガイウスを指差して叫ぶ。  ラニエリは正義感に溢れた若者という訳ではないが、それでも今回の件は父親に強い反感を持っていた。 「落ち着け、ラニエリ。この魔術師には、まだ利用価値がある」    息子をなだめるため、ロタールはことさら穏やかに言った。 「エミリオの失脚は、我らにとって追い風だ。よくやった、ラニエリ。それでこそ我が息子」 「……」 「天使様は何故、私ではなく愚かな兄上を選んだのか。それに今頃になって、王冠を剥奪しようとしている。全て遅きに失している。フォレスタの役に立たない守護天使は要らぬ。ガイウスは、我々のための天使を異界から召喚してくれるそうだ」    父親の考えを知らなかったラニエリは、絶句した。 「天使は、神の名のもとに、異界から召喚されるという伝承がある。そうだな、ガイウスよ」 「……さようにございます」    魔術師は、にたにた笑いながら続ける。 「残念ながら、先に召喚した女は失敗作でしたが、私が故郷から持ってきた女神プロセルピナの黒き羽は一枚残っております。今度こそ、しかるべき生け贄を捧げ儀式を行えば、天使を召喚できましょうぞ!」    馬鹿な。本当に自分たちに都合よく天使を作ることができると、そんなおとぎ話を父ロタールは本気で信じているのか。  ラニエリは、見なかった聞かなかったことにして、帳簿と向き合いたいと、切実に思った。  王になりたいと望んだことはない。それは父の勝手な夢想だ。 「……天使だの聖女だの、どうでも良い。それよりも、虫の魔物をどうにかしろ! 税収が減ってるんだぞ!」    ラニエリが怒って叫ぶと、ロタールは「分かった分かった」と子供の駄々を聞いているように頷いた。 「魔術師ガイウスよ。例の魔物の虫は、送還はできぬが、呼び集めることは可能と申したな?」 「はい、さようにございます」 「では呼び集めよ」    父親が平然と指示したが、ラニエリは意図が分からず聞き返した。 「呼び集めてどうするのです?」 「決まっている。帝国を襲わせれば良い」    こともなげにロタールが答え、ラニエリは今度こそ二の句が告げなくなった。 「魔物の害悪は、フォレスタの土地で実証済みだ。それを帝国に移せば、まさに一石二鳥。我が国の災害は消え、代わりに帝国の力を弱めることができる。我々は、魔物という大群の兵士を養っていたのだ。オセアーノ帝国を侵略する兵器をな! 多少フォレスタの税収が減ったかもしれぬが、大事の前の些事よ。帝国の土地が手に入れば、もっと多くの豊かな富が手に入るのだ」  侵略すると簡単に言うが、帝国をそう簡単に攻略できるだろうか。だいたいその兵器は、ロタールのものではなく魔術師のものだ。魔術師が裏切れば、今度はこちらに牙を剥く。  父親の言うことは全て机上の空論だ。しかし、下手に権力があるがゆえに、大変な事態を引き起こしている。  自分は数字に取り憑かれた変人だが、父親は欲に取り憑かれた狂人だったらしい。いや、本当は分かっていた。あの天使の言う通りだ。幼かったラニエリは父親に従い、年下のエミリオにあることないことを吹き込んだ。彼が考えないよう仕向けた。それがどんな結果になるかも知らないで。  高笑いするロタールを前に、ラニエリは拳を握りしめた。
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