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王都の端っこにある、サボル侯爵の屋敷で、ネーヴェは匿われることになった。
激動の一夜が開けたが、街の人々は異変に気付いていないようだ。屋敷の外の大通りは平常な賑わいで、ネーヴェはほっと安堵する。ラニエリは真面目に仕事をしているらしい。
アイーダは自室にこもって、何やら占いの準備を始めている。
邪魔しては悪いので、ネーヴェは屋敷の庭を散策して、気を紛らわすことにした。
「お供します」
庭に出ると、ヴィスが護衛すると付いてきた。
ネーヴェは彼を伴って広い庭園を見て回る。
庭園はジャスミンの花が見頃で、白い花は強い芳香を放ち、蜜蜂がブンブン飛び回っている。
「……女王陛下、お伺いしてもいいですか」
数歩、後ろを歩いているヴィスが、声を掛けてきた。
「陛下は、天使様と恋仲というのは、本当ですか」
「?!」
無視できない問いかけだった。
ネーヴェは驚いて彼を振り返る。
「どこでそんなことを聞いたのですか」
「すみません、陛下のことを色々調べていて……」
ヴィスは途中で腫れ上がった自分の頬をさわり、後ろめたそうな顔をした。フルヴィアに殴られたのが堪えているらしい。
「ここまで私の護衛をしてくれた礼に、真実のみ答えましょう。本当のことです」
ネーヴェは正直に話した。
謎の多いヴィスと、腹を割って話すチャンスだと考えたからだ。今ネーヴェの近くにいるのは彼だけである。身を守るためにも、彼の正体は知っておかねばならない。
「天使様に人間が恋するなど、不敬だと思いますか?」
じっとヴィスを見つめると、彼は動揺したように立ち止まる。
「いえ、それは人の勝手だと思います」
おや。意外な言葉に、ネーヴェは瞠目する。
ヴィスは焦ったように瓶底眼鏡のふちをなぞりながら、続けて言う。
「だいたい、天使と婚姻し子を産んだ人間の前例はあるらしいですよ。又聞きなので真偽は分かりませんが、フォレスタの天使も、天使の血を引く人間から生まれたらしいです」
「え。それは、どこ情報なのですか?」
「ふ、深く聞かないで頂けると」
怪しい。ネーヴェは改めてヴィスをまじまじ観察する。なぜ女王たるネーヴェさえ知らないシエロの個人情報を知っているのか。
「お姉さま、ここにいらっしゃったのですか」
冷や汗をだらだら流すヴィスを凝視していると、アイーダが庭園にやってきた。
彼女は固まっているヴィスを面白そうに眺めると、ネーヴェに向き直って優雅に一礼する。
「占いが終わりました。結果をお聞きになりますか」
「教えて頂戴」
「アウラの王子は、すぐ近くにいると、占いの結果に出ました」
「そう……」
ネーヴェは深呼吸した。
王子の居場所について……これは直感による推察だが、当たりだとすれば、いろいろと説明がつく。
「ヴィス、いいえ……アウラのルイ殿下」
「!!」
「正体を隠して乗り込んで来た理由を、お聞かせ頂けますか」
静かに瓶底眼鏡を見据えると、男は今度こそ硬直する。
その反応こそ、ネーヴェの推察を裏付けるものだった。
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