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「ご慧眼に敬服いたします。さすが、若くして一国の女王となられた方、僕とは格が違う」
ヴィスはややあって、覚悟を決めたように、瓶底眼鏡を取る。
眼鏡の下から現れたのは、片頬が腫れあがって台無しになっているとはいえ、なかなか端正な容姿だった。
「貴国にご迷惑をお掛けしていること、深くお詫び申し上げます。僕の名前を騙っている魔物は、こちらで対応いたしますゆえ、平にご容赦を」
そう言って、ヴィスは華麗な動作で一礼する。
ネーヴェは腕組みした。
「いったい、どういうことなのですか?」
「あれはアウラの王族を狙う魔術師が作った鏡の魔物、ドッペルゲンガー。アウラにいた時から、僕となり替わろうと虎視眈々と狙ってきていました。もちろん、鏡を使って撃退しようとしましたが、あれは魔術師の実験によった生まれた魔物でして普通の鏡では消せず、ここまで野放しにしてしまいました」
「勝算はあるのですか」
「はい。妖精の鏡というアイテムがあれば、撃退できると踏んでいます。妖精の鏡は、このフォレスタにあります。だから僕は、フォレスタに来たのです」
話を聞きながら、ネーヴェは素早く計算を巡らせる。
ドッペルゲンガーに王城をのっとられるというハプニングが起きているとはいえ、ピンチはチャンスだ。この件は明らかにアウラの王子ルイが悪いので、フォレスタはアウラに借りを作ることができる。
「妖精の鏡? 私の国にあるものを、私に許しなく勝手に取っていこうとしていたのですか」
ネーヴェが真冬の氷柱のように冷えた視線をそそぐと、ヴィスあらためルイはあからさまに動揺した。
「そ、それは……」
「春に私の戴冠式に来なかったのも、わざとでしょう。我が国を取るに足りないと侮り、必要なものだけ貰えれば十分と……舐められたものですね」
怒りを表明すると、ルイはたじたじとなった。
「いえ、貴国を侮る意図はなく、これは僕の独断で」
「王子ともあろう方が、自分の行動と国の外交が切り離せると? 恥を知りなさい」
「……あなたの仰る通りです、女王陛下。我が国が、フォレスタをいささか侮っていたことを認めましょう。僕の浅はかな行動で、アウラの国益を削ぐ訳にはいかない。女王陛下、どうか挽回の機会を下さい。僕の持っている情報は、あますことなく陛下に献上します」
ネーヴェの密かな企みどおり、ルイは自ら協力を申し出てくれた。怒ってみせたのも交渉術だ。
ネーヴェは追求の手をゆるめず、さらに畳み掛けた。
「なら妖精の鏡とやらも、私に捧げなさい。フォレスタの王城に巣くう魔物は、私が滅ぼします。あなたも魔物につきまとわれなくなるのですから、一番良い解決策でしょう」
「え?」
「何か異論がありますか」
呆けるルイに、冷笑をくれてやった。
妖精の鏡、などという特別なアイテムがフォレスタにあるのなら、他国に持っていかれるのは阻止したい。今回のハプニングは想定外とは言え、結果的にアウラに恩を売り、希少なマジックアイテムを確保する一石二鳥の良い機会だ。
「本当に怖い方ですね。陛下は」
ネーヴェの強かさを理解したのか、ルイは少しひきつった顔で苦笑する。
「ラニエリの奴、高望みし過ぎだな。頭が良い癖に、どうして勝ち目のない戦いをするのだろう」
「あなたはラニエリの友人でしたね」
「はい。実は事前に文で、陛下を手に入れるのに力を貸してくれと頼まれていました。それもあって、女王陛下に興味がありました。もちろん今となっては、不敬だったと後悔していますが」
道理でアウラの使者が来ると言って、ラニエリが浮かれていたはずだ。
王子と連携してネーヴェを追い詰めるつもりだっただろうラニエリが、逆に魔物を呼び込んで結果的に自分の首を絞めているのは皮肉だった。
「本当に不敬ですわよ」
「申し訳ございません」
「まあ、良いでしょう。さっさと、妖精の鏡の場所を教えなさい。それと、私に魔術を教えなさい。知らぬうちに魔術で騙されたくありませんので」
ネーヴェはルイを冷ややかに見下ろしながら言う。
ルイは怯えながら、ネーヴェに魔術を教えると約束した。
これで一石二鳥どころか、一石三鳥だ。むしりとれるところから、むしりとる。かつてシエロと一緒に行った宿屋経営で学んだ極意である。
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