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(※シエロ視点)
想定外に、時間が掛かってしまった。
フォレスタを長く留守にするつもりは無かった。ネーヴェに任せて国を離れはしたが、彼女には守護の力をまとわせてあるし、半日程度なら大丈夫だろうと考えたのだ。もちろん、魔物が暴れ出したら、瞬間転移の奇跡を使って、すぐに戻る心積もりだった。
セラフィを追って海まで飛んでいき、そこで抵抗する彼女と一戦まじえた。
平和を尊ぶ天使の癖に、セラフィは喧嘩っぱやい。それに応じる自分も大概、短気だと思いながら、彼女を物理的に叩きのめし、負けを認めさせる。
「まさか、天使ともあろう者が囮になるとはな……」
シエロは苦々しく呟く。
全ては、アウラの第二王子ルイの策略だった。
妖精の鏡を得るために、一番、邪魔になるだろう天使シエロを、国外に誘き出すための……
「だって、ドッペルゲンガーを倒そうとすると、ルイが傷付くんだもの。仕方ないじゃない」
セラフィは開き直って言う。
姿を映した魔物を殺すと、同じ姿をしているアウラの王子にも影響が出るらしい。だからこそアウラで処理できずフォレスタまで連れてくるしかなかったと、彼女は弁解する。
「素直に事情を話して協力を要請すれば良いものを」
「他国に弱みは見せられないわ」
「ばれない前提だったのか。安く見られたものだ」
後ろめたそうなセラフィに睨みをきかせる。
腹立たしいが、それよりも王城に残してきたネーヴェが気になった。
急ぎフォレスタに戻った後、セラフィを自分の棲みかである聖堂に監禁し、シエロはひとまず王城に向かった。
この時点で、出発してから半日以上過ぎ、翌日の午後になっていた。
シエロは、王城にうっすら漂う魔物の気配に眉をひそめる。
出掛けた時より、気配が濃い。
「シエロ様!」
宮廷付き司祭アドルフが、シエロを見て慌てて駆け寄ってくる。
その焦った様子に、異変が起きたことを察した。
「何があった?」
「ラニエリ様の様子がおかしく、陛下もお加減が悪いとのことで、臥せっているそうです」
もちろん、シエロはすぐに魔物がラニエリを操ったこと、ネーヴェの部屋に立て込もっているのはフルヴィアで、女王はとっくに城を出ていったことを看破した。
「やれやれ、だな……」
自分が戻ってくるまで待てないネーヴェは、じゃじゃ馬娘だと呆れつつ、シエロは大司教権限で、ラニエリの執務室に押し入る。
「入るぞ」
「なっ! 聖下、なぜここへ」
「いい加減、正気に戻れ」
天使の力を込めて言うと、虚ろな瞳になっていたラニエリは、我に返ったように瞬きする。
「私は…何を……そうだ。私は、魔物にそそのかされて、陛下を閉じ込めようとした」
欲望を増幅されたのだろう。魔物がよく使う手だ。
シエロは「気にすることはない」と、ラニエリを慰めた。
「相手は、人間ではない。魔の力に普通の人間が抵抗するのは難しいものだ。お前が普段理性的であることは、俺もよく知っている。ネーヴェも、お前を許すだろう」
そう声を掛けたが、ラニエリは拳を握りしめ、憤る気配を見せた。
「あなたは私を許すのですか? 陛下を奪おうとした私を!」
「……」
「あんな、花まで贈って、どこまで本気なのですか! 彼女に憐れみでもくれてやるつもりなら、それは私たち人間への侮辱だ!」
久々に、シエロは頬を張られたような気分を味わっていた。
何百年生きても、数十年しか生きていない只の人間の言葉に、心動かされる。そうして自分も、不完全な只の人間だったと思い出すのだ。
「……お前の怒りは、もっともだ。ラニエリ」
大きくなったな、と苦笑する。
子供の頃から見守っていた青年の、成長を感じて、そんな場合でもないのに、少し嬉しかった。
「憐れみのつもりはない。俺も、ネーヴェに振り回されているだけだ」
そう答えると、ラニエリは驚いた表情になった。
「まだ決着は付いていない。お前が俺に戦いを挑むのは自由だぞ。もっとも、負けてやれないが」
冗談めかして言う。
ラニエリはゆっくり拳をほどき、溜め息を吐いた。
「からかわないで下さい……私も気が立っていました。魔物をどうすれば良いか、教えて下さい」
すっかり頭は冷えたようだ。
シエロは少し残念に思いながら、魔物への対処方法を教える。
「放っておけ。フォレスタの王城が手に入ったと、有頂天にさせておけば良い。油断させて、タイミングを見計らい一気に片を付ける」
今は魔物の相手をしている時間はない。
ネーヴェを追いかけなければと、足早に王城から出る。アウラの王子の出方次第では、ネーヴェが危ない。
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