洗濯と、選択

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(※ネーヴェ視点に戻る)  再会して早々に気を失ったミヤビを、ネーヴェは家の中に運び込んだ。  まさか、聖女と呼ばれる彼女が王子の元から逃げ出して来ようとは。彼らの仲は、悪いようには見えなかったのだが。   「ん……」 「目が覚めましたか」    ミヤビは一晩眠っていたが、朝様子を見に行くと、ちょうど目覚めた。  ネーヴェは傍らのテーブルに食事を置く。   「滋養のある薄味ミルクスープと、ライ麦のパン、洋梨のコンポート。どれか食べられるものはありますか」 「なんで、私を助けてくれるの……?」 「あなたが助けを求めたのではありませんか。私は、助けを求める女性の味方ですよ」    学園時代も、密かに下級生の女子生徒の悩み相談に乗ってやっていたものだ。王子の婚約者である権力を有効活用し、当人が望まない縁談を切ってやったのは一度や二度ではない。  ミヤビは上体を起こし、(さじ)に手を伸ばす。  一口食べた彼女の瞳に浮かぶ涙を、ネーヴェは見なかったことにした。 「美味しい……」 「しばらく当家でゆっくり休んで、と言いたいところだけど、我がクラヴィーアは北方なので、すぐに冬が来るのです。早く移動しないと、雪道になって動けなくなります」    クラヴィーアの冬は、沈黙の季節だ。  分厚い雪に阻まれて前にも後ろにも進めない。雪が音を吸うので、静寂が満ち満ちる。  行き交いは途切れ、人々は家にこもって備蓄食糧を消費する。天気の良い日は狩に行くが、厳しい自然でそれは命掛けの行動でもあった。 「王子から逃げたいなら、フォレスタから出る手配をしますよ」    ネーヴェは自分のために父親が用意していた脱出手段を、ミヤビに使ってやろうと考えていた。 「いいえ……いいえ」    しかしミヤビは、首を横に振る。 「ネーヴェさん、私を召喚した魔術師を倒して下さい。あの魔術師がいる限り、私はどこへも行けないんです」 「ミヤビさん、一つ聞きたいのですが……あなたは聖女ではないのですか?」    言いながら、ネーヴェは答えを予想できていた。  ミヤビは確かに特別だが、民衆を救うような雰囲気は感じられない。彼女はどちらかというと、救われる側だ。 「私は聖女ではありません……!」    ミヤビの声は震えていた。  ネーヴェは一つ頷く。やはり、自分の勘は正しかった。  魔術師は自分の欲のために聖女と偽ってミヤビを召喚し、国王と王子は安易にそれに乗ってしまった。周囲の重臣も王族のやることだからと声を上げず、名誉を失う事を恐れ、王の名の元に行われたという理由を良いことに誘拐(しょうかん)を正当化している。  一番可哀想なのはミヤビだ。彼女には何の罪もない。フォレスタの災厄に巻き込まれただけの、哀れな異界の少女。 「ミヤビさん。ここで待っていて下さいますか。私は真実を明らかにし、かの魔術師が裁かれるようにします」 「ネーヴェさん……」 「この国の争乱に招いてしまって申し訳ありません、ミヤビさん。フォレスタ国民として、心から謝罪を」  ネーヴェは、王都に向かう決意を改めて固める。  しかし、ミヤビは「大丈夫ですか」と不安そうだ。 「ネーヴェさんは、王女でも何でもない、伯爵令嬢ですよね? 敵は国王と王子様と宰相に、謎の魔術師。国のトップ相手に、権力も腕力も足りないのでは……」 「そうですね。今の私は、王子の婚約者でも聖女でもない、只の女。けれど」  ネーヴェは譲れない想いを握りしめ、言葉をつむぐ。 「あなたをこんなにボロボロにした、ふざけた王子に平手打ちをしてやらないと、私の気が済まないですわ」  フォレスタに残るなら、どの道、王子と対決しなければならない。あの男は、わざわざ自分の息の掛かった侍従を付けてモンタルチーノに追放し、ネーヴェが許しを乞うのを待っていた。  まだ、ネーヴェが自分のものだと勘違いしているのだ。  その執念をネーヴェは気持ち悪いと思う。区切りを付けて先に進みたいのに、あの馬鹿王子が邪魔なのだ。この際、きっちり縁を切らねばなるまい。  
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