洗濯と、選択

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(※ネーヴェ視点に戻る)    寝起きを襲撃されたエミリオは、間抜けな顔をしていた。  その顔を見て、ネーヴェは「どうして私は、こんな男との婚約を受け入れたのかしら」と過去の自分を疑問に思う。きっと「王子様だから」と眼にフィルターが掛かっていたのだ。  氷薔薇姫と呼ばれ、自分の美貌に自信を持ち、王子に求婚されることで有頂天になっていた。なんと愚かな女だったのだろう。 「殿下、どうして今さらクラヴィーアを攻めにいらっしゃったのですか」    ネーヴェは静かに問い掛けた。  すると、エミリオは我に返ったように立ち上がり、ネーヴェを睨み付ける。 「どうしても、こうしてもない。お前が聖女を(かた)り、民衆を(あざむ)いて国を手に入れようとする悪女だからだ!」    指先を突きつけられ、ネーヴェはきょとんとする。 「私は聖女様の名前を借りたことは、一度たりともございませんわ」 「嘘を付け! 民はお前が聖女だと騒いでいたぞ!」    そう聞かされ、ネーヴェはもしかして誰かが勝手に言っているのかしら、と推察する。ありえることだ。  しかし、ネーヴェ自身が言った事ではないと釈明しても、もはやエミリオは耳を貸さないだろう。  ミヤビの失踪をどう思っているのか。  魔物の虫のせいで収穫量が激減した、この国の将来をどう思っているのか。  彼に聞きたいことは、いくつもある。  ただ、浅慮に(わめ)く彼の顔を見ていると、まともに相手をするだけ無駄だと思えてきた。きっと、この王子の言葉を聞いても、実りある事は何一つない。 「殿下、モンテグロット温泉は、お気に召されましたか?」    ネーヴェは、するっと話題を変える。   「? 確かに悪くなかったが」    エミリオは困惑した様子で答えた。 「チェリテ伯爵も当地が気に入ったので、長く逗留されるそうです。ですので、チェリテ伯爵に代わり、当家クラヴィーアが殿下を王都まで護衛して、送り届けますわ」    ネーヴェが指をパチリと鳴らすと、待機していた兵士がなだれこみ、王子に縄を掛けて拘束した。 「き、貴様ら! 私を誰と心得る?!」    エミリオが叫ぶが、クラヴィーアの猛者(もさ)たちは欠片(かけら)も動じなかった。 「さて。牛や馬より高価なのは存じ上げております」 「丁重に運んで差し上げますぞ」 「離せっ、無礼者!!!」  簀巻きにされて運ばれるエミリオは、まるで喜劇の役者のようだった。  兵士によって運ばれる王子とすれ違いに、父ノルドが部屋に訪れる。 「すぐ王都に行くつもりかな」 「そのつもりです。またクラヴィーアから離れることになりますが」 「本当に、私の娘はお転婆が過ぎる」    ノルドは軽くネーヴェを抱擁し、別れの挨拶をした。  そして、正面から娘と向かい合う。 「そういえば、モンテグロットまで同行してくれた、元司祭という男がいたそうだね」 「シエロ様のことでしょうか。カルメラが何か言っていましたか」    傭兵カルメラは、ネーヴェの家族のようなもので、ノルドとも親しく話す。もしかすると、シエロのことを父に言っていたかもしれない。  ノルドは思慮深い眼差しで続けた。 「各地の高位司祭を自由に動かせる人物は、限られている。彼は、もしかすると……」 「もしかすると?」 「……いや、憶測でものを言うべきではないな。いずれにしても、天翼教会が味方に付いているのだ。王都に行っても悪い事態にはならないだろう」    父は何か知っているようだったが、最後まで説明せずに、話を切り上げる。 「ネーヴェ、お前の選ぶ道に、天使の祝福があらんことを」  お決まりの挨拶が、なぜか心に染みた。  これから王都に行く。シエロに、会いに行くことを思うと、不思議と心が踊った。彼は今、どうしているだろうか。  
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