洗濯と、選択

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(※国王エルネスト視点)    今秋は、リグリス州以外の収穫が(かんば)しくない。  特に南のプーリアン州は、特産品であるオリーブが激減し、その他の農作物も収穫が半分になっているという。  これでは納税どころか、厳しい冬を乗り越えられない。  南を治めるフェラーラ侯グラートは、国王エルネストに陳情した。 「王子殿下はリグリス州の視察に行かれたということですが、プーリアン州はどうでも良いのでしょうか。当地の民は、明日を夢見ることさえ許されぬ状況というのに、国王陛下も王子殿下もご存知ないと見える。フォレスタの未来のため、至急、プーリアン州の納税免除および国庫を開けて当地の支援を願いたい。当方は民のため、反旗も辞さぬ覚悟です」    (おおむ)ね、このような内容の書状が届いた。  フェラーラ侯爵は、武器を集めている。いざとなれば、王都近辺を襲撃し、食糧を奪う気満々だった。 「困ったことになった! エミリオはリグリスか? すぐに呼び戻すのだ!」  国王エルネストは頭を抱えた。   「聖女はどうした?! まるで成果が上がっておらぬではないか!」  例の魔術師を呼び出して責めようとしたが、まずい気配を察したのか、魔術師は失踪してしまった。 「だから言ったではないですか、兄上。魔術師など、あてにならぬと」    マントヴァ公ロタールは、ほら見たことかと嘲笑(あざわら)った。彼はエルネストの弟で、何かとエルネストのする事にうるさく口を挟む、頭痛の種だ。 「他人事のように言うが、ロタールよ。もしフェラーラ侯が本当に反旗をひるがえし、フォレスタが分断されれば、お前もただでは済まないぞ」 「自分の尻拭いを私に投げないで下さい」  二人は王城の奥、王族や高位貴族が内密に話すために設けられた小さな部屋で話し合っていた。  大層不毛な罪の擦り付け合いをしていると、侍従長が現れる。 「陛下、聖堂付きの最高司祭様と、フォレスタ天翼教会の司教様がおいでになっています」  フォレスタの天翼教会のトップとナンバーツーが、そろって何の用だろう。  異常事態だと察したエルネストは、マントヴァ公と共に、謁見の間に急いだ。  天翼教会は、王権の支配下にない。  天使が冠を授けるという決まりと関わるが、教会は世俗の権力を持たない代わりに、王権を監視する役割を担う。  とは言っても、さすがに教会の人間とはいえ、司教も国王には頭を下げるものだ。通常は、世俗の権力の方が強い。  ただ一人、天翼教会の真の支配者をのぞいて。  謁見の間で待っていた聖堂付き最高司祭と司教は頭を下げたが、彼らに守られるように立つ男はそうではなかった。  男を見て、エルネストは驚愕に目を見開く。 「久しいな、エルネスト」 「て、天」    淡い金髪をなびかせ、深海色の眼差しをこちらに向ける美しい男は、めったなことでは聖堂から出ない人物だ。  エルネストは「天使様」と呼び掛けそうになり、途中で口をつぐむ。  人との関わりを絶ち、世俗に関わらない天使が、翼を隠して政治の表舞台に立つ時は、人の世界の役職を名乗る。  すなわち、大司教であり、選帝侯。 「この俺が聖堂から王城に出向く時は、一つしかない。次代の王を選ぶ時だ」    国王に向かって傲慢な物言いだが、彼にだけは、それが許されている。 「お前の息子、エミリオから王位継承権を剥奪しろ」 「?!!」 「ほかに次代の王候補を用意するのだ。選定が終わったら、お前は隠居しろ、エルネスト。ずっと頭痛で休みたがっていただろう。望みを叶えてやる」    エルネストは絶句し、臣下として話を聞いていたマントヴァ公も仰天する。  衝撃が走った広間でただ一人、冷静なシエロは、何を考えているか分からぬ薄い笑みを浮かべ、愚かな人間たちを見渡していた。
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