葡萄畑を耕していた理由

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葡萄畑を耕していた理由

(※ネーヴェ視点に戻る)  王子を幌付きの荷台に放り込み、ネーヴェ達は悠々と坂道を下り、王都を目指すことにした。  仮にも王族を簀巻きにして、荷物よろしく運んでいるのだ。引き渡す時にどうなるか知れたものではない。クラヴィーアの騎士達はネーヴェの身を心配し、王都まで同行すると申し出た。彼らはネーヴェに心酔しており、いざとなれば体を張って彼女を逃がすつもりだ。  クラヴィーアから同行するのは、戦士だけではない。  商人アントニオも、一緒に王都に行くと言って付いてきた。 「ちょっと、姫さんに相談したいことがあるんでさ」 「何でも聞いて下さい。そういえば、オリーブの実を帝国に売りに行かなくて良いんですの?」 「まさに、そのことが相談したいことです」    アントニオは、フォレスタで仕入れたオリーブの実を、帝国に売って金を(もう)けている。しかし、この秋はオリーブの実を収穫できたのはリグリス州だけで、量もいつもより少なかった。 「オリーブの実があるだけで、本来喜ぶべきなんですがね。ただ、遠い帝国に売りに行くのに、商品が少ないと成果も少なくなる。オリーブの実の代わりに、何か他のものを仕入れたいんでさ」    ネーヴェは少し考えて、言った。 「……遠回りになっても、よろしくて?」 「構いません。雪が降る前に、帝国に降りたいってだけです」 「それなら、月桂樹(ローリエ)を仕入れるのは、どうでしょう」 「ローリエ?」    アントニオは、きょとんとした。  月桂樹は、オリーブに似た樹木だが、実を付けることは少ない。独特の匂いがする葉は、肉の臭み消し等に使われる。南部プーリアン州ではその辺の道端に生えており、オリーブほど活用されていない。  ネーヴェは微笑んで続けた。 「あの魔物の虫は、大層グルメなのでしょうね。狙うのは、人間の食糧ばかり……ですがローリエの香りは苦手なのか、避けているようです」 「ということは……」 「ええ。今年のプーリアン州は、オリーブ畑は全滅でも、ローリエは豊作のはずです。ローリエは帝国では珍しい香辛料。この機会に売ってみるのはいかがでしょう。人は食に貪欲(どんよく)な生き物ですわ」    香辛料の(たぐ)いは高く売れると聞いたことがある。  商売は素人(しろうと)のネーヴェが知っているくらいなので、商人アントニオも知っているだろう。はたして、アントニオは急に生き生きした表情になった。 「さすが姫さん! 仰る通りだ! 早速プーリアンに行ってローリエを仕入れるぞ」    そう算段を付け始め、途中で顔をしかめる。 「あ。そういや、南部はきな臭い雰囲気だったな……」 「王都で、南部プーリアンの顔役である、元フェラーラ侯バルド様を訪ねましょう。きっと何か助言を頂けるはずです」    ネーヴェは王都に戻ると言ったシエロ、そして南部で反乱の気配があるという噂を思い出す。シエロはこの事態を収拾すると言っていた。彼は一体どうするつもりなのか、王都に行けばすべてが明らかになることだろう。
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